半月前にこの世界に転移させられて最近ようやくわかったのだけれど、この世界は俺がいた世界よりも発達している部分とそうでない部分がある。

 発達していると思う最たるものが「魔術」や魔術を使って作った「魔導具」だ。

 魔術を使えば大怪我も瞬く間に治癒できるし、さっき俺も体験した「手のひらから情報を読み込んで転写する魔導具」も現代日本にはないものだ。

 逆に遅れているのは文明だろう。

 電気もなければガスもない。なので機械化された道具もなく、代わりになるような魔導具もなさそうなので交通手段は馬しか存在しないようだ。

 つまり、今俺にできる移動手段は徒歩のみ。

 というわけでカブルートの玄関とも言える巨大な門を出て、俺はラスティという村を目指して歩いて北上していくことにした。

 距離的には何ら問題はない。廃品回収会社で働いていたときの移動は軽トラだったけど、体力には自信がある。

 しかし、何て楽な依頼だろう。こんな簡単な仕事に金を払うなんて教会の人間は人手不足なのか?

 道を行き交う荷馬車を眺めながら、のんびりと歩いていく。

 周囲にはビルなんてものはなく、広がっているのは草花ばかりで、流れてくる風も気持ちいい。

 こんなのんびりとした気持ちになるのはいつ以来だろう。

 廃品回収の仕事は楽だったけれど、のんびりできるほど余裕はなかったし、ケンイチたちと一緒にいたときは肩身が狭い思いで逼迫した生活だった。

 前々からいつか田舎で悠々自適な生活をしたいと思っていたけれど、本当に夢が叶いつつあるんじゃないだろうか。

 適度に仕事をして金を稼いで、のんびりと暮らす。

 うん、最高の生活なのかもしれない。

 と、そんなことを考えていたら、いつの間にか周囲から人気がなくなっていた。

 代わりに周りに広がっていたのは、空が見えなくなるくらいの木々。

 薄暗く鬱蒼とした森は、何だか不気味だ。

「……この森を抜けたら目的地か」

 ローナの話では、この森を抜けるとラスティ村があると言っていた。

 頭をよぎる、一抹の不安。

 魔物とかに襲われたりしないよな?

 ケンイチと一緒にいるときに森で魔物と遭遇することはあったけれど、道なき道を進んでいたときだった。

 こんな街道で襲われたことはない。

 多分、大丈夫。でも、万が一のときを考えて魔剣を出しておくか。

「……改めて見ると、禍々しいな」

 本当に不気味すぎるナイフだ。

 これで戦えるかどうかはわからないけれど、切っ先は鋭いし魔剣という名前なのだから、なまくらというわけはないだろう。

 もし魔物が出てきたら、試し斬りしてやるか。

 でもデッカイ魔物はやめてくださいね。

 できればちっさい、ネズミみたいなやつが──。

「……っ!?」

 突然、茂みの中から何かが飛びかかってきた。

 咄嗟に身を引いて、その何かをかわす。

「な、何だ!?」

 一瞬、何が起きたのかわからなかったが、「それ」を見て状況が把握できた。

 道の真ん中でこちらを睨みつけているのは……ネズミだった。

 こいつが茂みの中から襲いかかってきたのだ。

 飛んで火にいる何とやら──とは思えなかった。そのネズミは、猫ほどの大きさがある巨大なネズミだったからだ。

 確かに「ネズミで試し斬りをしたい」と思ったけれどもさ。

 しかし、本当に魔物が出てくるのかよ。街の近くなのに物騒だな。

「……あ、そういや、ポーション屋のオヤジが『最近、街の周りも物騒になって魔物どもがうようよしてる』って言ってたっけ」

 できれば逃げたいところだけれど、背中から襲われる可能性もある。

 それに、巨大なネズミだとはいえ、相手は1匹だ。

 魔剣があれば、何とかできるか?

「よし」

 意を決して、魔剣を構える。

 ナイフみたいな小さい武器だが、何だか体の奥底から力が湧いてくる気がする。これって魔剣の効果なのか?

 と、悠長にそんなことを考えていた矢先──。

「ギャウッ!」

 ネズミがネズミっぽくない鳴き声を上げて飛びかかってきたが、距離が離れていたので簡単に横にかわすことができた。

 そして、ネズミが着地したタイミングを狙って魔剣を振り下ろす。

「ギャッ!」

 魔剣の先端の赤くなった部分がネズミの背中に突き刺さった瞬間、悲鳴が上がった。

「やった、のか?」

 念のため、魔剣をネズミの背中から抜いて距離を取ったが、ネズミはぴくりとも動かない。

 倒したのだろうか。

 でも、まだ生きている可能性もある。ケンイチと一緒にいたときも倒したと思って余裕をかましていた男が反撃を食らって大怪我をしていた。俺が回収したポーションで回復したので大事には至らなかったけれど。

「……ん?」

 ふと、俺は妙な変化が起きていることに気づいた。

 目の前で横たわっているネズミの魔物──ではなく、俺が手にしている魔剣が何やら蠢きはじめたのだ。

「な、何だ?」

 ボコボコとしていたナイフの凹凸部分が脈打ち、刀身が伸びていく。

 ペティナイフくらいだった刀身がぐっと伸び、牛刀くらいの大きさになった。

『魔剣オソロが進化しました』

 突然聞こえた機械的なアナウンス。廃品回収スキルのリキャストが終わったときに聞こえるあの声だ。

 進化。もしかしてネズミの魔物を倒したから魔剣が成長したってことか?

 よくよく魔剣を見ると、刀身が大きくなっただけではなく形も少し変わっている。赤かった切っ先も黒くなり、剣のつばの部分に目玉のような装飾ができている。はっきり言って気持ち悪い。

「進化ってことは、ステータスも変わっているのかな?」

 念のため確認してみるか。

 いつものように空中を摘む動作を2回行う。


 魔剣オソロ
 レベル:5
 攻撃力:180
 スキルスロット1:未設定
 形状:ショートソード
 契約者:ギーゼラ


 あ、やっぱりレベルが上がってる。

 街で見たときは「レベル1」だった。思っていたとおり、魔物を倒して魔剣が成長したということか。

 他に変わったのは「形状」の項目が増えているところか。


 形状:ショートソード/ナイフ


 形状という文字に触れると新しいウインドウが表示された。

 なるほど。これは変化前の形状にも戻れるということだろう。試しに「ナイフ」に触れてみたところ、案の定、刀身がボコボコと蠢いて短くなり、以前の赤い切っ先のナイフに変化した。

 とりあえず、持ち運びにはナイフ形態が楽なのでそのままにしておこう。

 あとは変わったところはないだろうか。

 名前も変わってないし、契約者も「ギーゼラ」という名前のままだし──。

「あれ? スキルスロットのところって、こんなんだったっけ?」

 前は確か、「なし」だったような気がするけど自信がない。

 気になったので「未設定」という文字に触れてみると、またしても新しいウインドウが表示された。


 スキル候補:リデュースアタック(攻撃速度100%アップ ジャイアントラットより取得)


「スキル候補?」

 何だそれ。

 まさか、ネズミを倒したから追加されたってことだろうか。

 ジャイアントラットというのがあのネズミの名前っぽいし、あのネズミが持っていた特殊能力を奪ったってことかもしれない。

 リデュースアタックという文字に触れると、ウインドウが消え、魔剣のステータス画面に戻った。


 魔剣オソロ
 レベル:5
 攻撃力:180
 スキルスロット1:リデュースアタック
 形状:ナイフ
 契約者:ギーゼラ


 おお、追加できた。これでこの魔剣の攻撃速度が2倍になったってことか。

 でも、攻撃速度って何だ?

 素早く剣を振れるってことか?

「……ううむ、わからん」

 スキル効果はいまいち不明だが、魔物を倒せば倒すほどスキルが追加されて強くなっていくという認識で間違いはなさそうだ。この魔剣があれば、ひとりで魔物の討伐依頼をこなすこともできるんじゃないか?

 何だかワクワクしてきた。

 これは、チート武器の予感──と、溢れ出る期待に思わずほくそ笑んでしまったとき。

「きゃああっ!」
「……っ!?」

 森の中に女性の叫び声が響き渡った。

 咄嗟に身構えたが、辺りには誰もいない。

 何だ今の声は。

 ジャイアントラットが飛び出してきた茂みの奥から聞こえた気がする。まさか、この奥で誰かが魔物にでも襲われているのか?

 でも、何で森の中から?

 女性の声だったけど、こんなところで何をやってるんだ?

「いや、そんなことを考える前に、助けに行くべきだろ」

 事情はわからないが、何か事件が起きているのは間違いない。考えるよりも先に動くべし。後悔はあとで好きなだけすればいいのだ。

 俺は成長した魔剣を握りしめ、声が聞こえた方向へと走り出した。