俺が向かったのは昨晩利用した木賃宿があった方角だった。
またここに戻ってくるなんて、何だか役所でたらい回しにされてる気分だ。
広場から路地に入り、木賃宿の前を通り過ぎて街の城壁近くまで来た。
ここまで来ると人気がない。広場とは違う世界みたいだ。
こんなところに冒険者ギルドがあるのかと訝しむ俺の目に、あの剣とコインのイラストが描かれた看板が映った。
あれが冒険者を表すイラストなのだろう。
「……何だか、小さい建物だな」
思わず声に出てしまった。
さっきの「ひとつ目熊の寝床」の立派な建物と比べると、同じ冒険者ギルドかと思うくらいに小さい。それに、見た目もボロボロだし、風が吹いたら倒壊してしまうんじゃないかと心配になってしまう。
でも、こういう場所にかぎって、中は綺麗だったりするんだよな~と思って中に入ったけれど、中身もボロボロだった。
こぢんまりとしたカウンターには誰もいないし、依頼書を貼り出すために設置されているっぽい掲示板には何も貼られていない。
というか、本当に誰もいない。
受付嬢はおろか、依頼を受けに来た冒険者すらいない。
もしかして、今日は休みなのだろうか。
と、そんなことを考えていたときだ。
「……ああっ!?」
ギルドの奥の扉から小さい少女が飛び出してきて、驚嘆の声を上げた。
年齢は今の俺よりも下だろう。白色のおさげに丸メガネ。そのメガネの奥に見える目は少し目尻が下がっていて、何だかふわっとした雰囲気がある。
頭に猫っぽい耳がついているので獣人なのだろう。
あ、もしかしてギルド名の「白猫」ってこの子のことなのか?
「も、も、もも、ももっ」
その猫耳少女が驚いたように目を見開いて「も」を連呼する。
「もしかして、登録者の方ですかっ!?」
「……っ!?」
その少女は餌を前にした猫のように俺に飛びついてきた。
「ちょ、な、何ですか急にっ!?」
「冒険者の登録ですよね!? ですよね!?」
「え? あ、いや、まぁ──」
「あ、答えなくて結構です! 違っても逃しませんからっ!」
いや、答えさせろよ。
というか、目が血走っててメチャクチャ怖いんですけど。
「ちょ、ちょっと、とりあえず離れてくださいよっ!」
可愛い女の子に抱きつかれて悪い気はしないけどさ。
「嫌です! 登録してくれるまで離れません!」
「するよ! 登録するから!」
ぐいぐいと引き剥がそうとしていたら、突然ヒョイッと少女が距離を取った。
ようやく解放されたかと思って少女を見ると、何だか胡乱な目でこちらを見ている。
「……今、どさくさに紛れて、わたしの胸を触りましたね?」
「は!? さ、触ってねぇし!」
「触ったかどうかわからないですって? ヒドイ! どうせわたしの胸はぺったんこですよ!」
「何も言ってねぇよ!」
何なんだよこいつ。いきなり飛びついてきたかと思いきや、言いがかりで他人を変態扱いしやがって。
いいか猫娘。
女の子の胸は、あればいいってもんじゃないんだぞ!?
「というか、誰なんだよあんた。このギルドの受付か?」
「……あ、自己紹介が遅れました。わたし、冒険者ギルド『白猫の宿り木』のギルドマスター兼受付兼看板娘のローナと申します」
ローナと名乗った獣人の女の子がペコリと頭を下げる。
自分で看板娘とか言うなとツッコみたくなったが、つい俺も頭を下げて「ヒロタカです」と自己紹介をしてしまった。
うむ、これぞ日本人の性だな。
「ギルドマスター兼受付って、あんたがひとりで切り盛りしてるってことか?」
「そうです。見てのとおり、ウチにはスタッフはおろか、登録している冒険者も少ないですからね」
ふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべるローナ。
偉そうに言うな。登録している冒険者がいないって、控えめに言ってヤバいじゃないか。
もしかして、俺は来てはいけないところに来てしまったのかもしれない。これからのことを考えると、もっと普通の冒険者ギルドに行くべきか。
そう思って引き返そうとした瞬間、ローナに腕をガシッと掴まれた。それはもう、凄まじい速さで。
「ヒロタカさんってカブルートの人じゃないですよね?」
「……え? カブルート?」
聞き返した瞬間、ローナが目を細めニヤリと笑う。
「はは~ん。この街の名前も知らないということは、やっぱり外から来た人ってことですねえ?」
しまった。足元をすくわれた。
「外からやってきてウチに来たってことは、冒険者協会に登録してない新米冒険者ってことですよね。うんうん、わかる。わかりますよ、ヒロタカさんの苦労。右も左もわからない! 宿に泊まるお金もない! はい! そこでどうでしょう!?」
ズイ、と顔を近づけてくるローナ。まつげがめっちゃ長い。
「今ならウチに登録していただけると、何と2階のお部屋を1室お貸ししちゃいますっ!」
「……えっ?」
「見てください。ウチにはスタッフも誰もいないんです。つまり! 部屋が! 山ほど余っている!」
両手を広げて「じゃじゃ~ん」と自ら効果音を口ずさむローナ。
「それに、部屋はわたしが毎日掃除しているのでピカピカです! ほら、依頼人も冒険者も来ないんで、毎日暇なんですよね~」
もはや自虐ネタに聞こえてきて、何だか悲しくなってきた。
でも、これは願ったり叶ったりというやつなのかもしれない。
仕事がない状況で金を出して部屋を借りるのはリスクしかないし、仕事をしながら住居も確保できるなんて最高じゃないか。
金を溜めるなら住み込みの仕事に限る。
まぁ、このギルドに仕事があればの話だけど。
「念のために聞いておきたいんだけどさ」
「はい、なんなりと!」
「見てのとおり俺はまだ冒険者協会ってところに登録していないんだけど、ここで登録して、すぐに仕事ができるのか?」
「できますとも! ウチのギルドはEランクの冒険者の方を対象にした依頼を発注していますので!」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……何ていうか、ここに仕事、あるんスか?」
ズバリ尋ねる。心配しているのは、この寂れたギルドに仕事を頼む依頼人がいるのかという話なのだ。
「もちろんありますよ。カブルートにある他の冒険者ギルドほどではないですけど、駆け出し冒険者でもこなせるような危険度が低い依頼がどしどし来てます」
「どしどしって、どれくらい?」
「え? えーと、何ていうか……2つか、3つくらい……かな」
「……なるほど。なかなかのどしどし感だな」
少ないな、とは思ったけど角が立たない言葉を返す。そこらへんは社会人経験で鍛えられたのだ。
しかし、少なかろうが仕事があれば問題ない。
それに、危険が少ない依頼というのもポイントが高い。ハイリスクハイリターンな仕事より、リターンが少なくてもリスクが少ない仕事を取るのが俺なのだ。
「わかった。じゃあ、ここで登録させてくれ」
「……っ!? ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
文字どおり、飛び上がるように喜ぶローナ。まさか本当に登録するとは思わなかったのかもしれない。かなり切羽詰まっていたんだな。
「協会への登録手続きを行いますので、どうぞこちらに!」
ローナに案内されて、カウンターへと向かう。
あまり使われていない雰囲気なのに、ホコリひとつないのはローナが掃除をしているからだろうか。
「それではこちらに手のひらを乗せてください」
ローナが何やらガラスの板っぽいものを取り出した。そのガラスの下に申込用紙っぽいものが挟んである。
「これって何だ?」
「文字の読み書きができない方でも登録手続きができるように、名前や所有スキルなどの情報を用紙に転写する魔導具です」
「へぇ~、何だかすごいな」
手のひらから個人情報を読み込むということだろうか。だとしたらすごい技術だ。
少しドキドキしながらガラス板の上に手を乗せる。
すぐにガラス板が光り出し、その下にある紙に文字が浮かび上がった。
だが、何と書いてあるのか読めない。
この世界の文字の読み書きはできないのだ。
「ヒロタカ・ヒロタさんですね」
紙を手に取り、ローナが読み上げてくれた。
「所有スキルは廃品回収、ラッキースター……魔術特性はなし」
「魔術、特性?」
聞き慣れない言葉に首をかしげてしまった。
「どの系統の魔術が使えるかですね。魔術には四大元素系の火、水、風、土……それに神聖系や暗黒系など色々あるんです。ヒロタカさんは加護スキルがないので魔術特性がない……つまり、使える魔術がないということですね」
「え? それってマズいんじゃないか?」
「いえいえ。結構いらっしゃいますよ。戦う手段が限られてくるってだけですし、それに強力な戦闘スキルがあれば問題ない……って、何ですかこのスキル?」
ローナがメガネをくいっと上げて、まじまじと用紙を見つめる。
「廃品回収にラッキースター……どっちもはじめて見るスキルですね」
最初の廃品回収はもちろん知っているが、もうひとつのラッキースターというのは、俺もはじめて聞く。ステータス画面にも載っていなかったものだ。
ローナが不思議そうに首をかしげながら続ける。
「特にこの廃品回収って、何だかヤバそうな名前ですね。一体どんなスキルなんですか?」
「あ~、それは何ていうか、使えないゴミスキルだな」
「ゴ、ゴミスキル? 自分のスキルなのにゴミって断言するなんて、もしかしてヒロタカさんってドMなんですか?」
「うるせぇよ」
自分の店をボロカスに言ってたお前が言うな。
しかし、冒険者ギルドで働いているローナも知らないってことは、俺が持っているスキルは2つともレアなのだろうか。
特にラッキースターというスキルが気になる。
スキルを確認できるウインドウ画面に出ていなかったのはなぜだろう。
廃品回収スキルのように発動するタイプのスキル……つまり、ゲームで言うところの「アクティブスキル」ではなく、常時効果が得られる「パッシブスキル」なのだろうか?
ラッキーというくらいなのだから、運気が上がるっぽいけれど。
そういえば、俺は子供の頃から運だけはよかったっけ。「じゃんけん帝王の寛貴」と呼ばれるほどじゃんけんに強かったし、駄菓子屋で買ったお菓子についているシールは、いつも激レアのキラキラシールだった。
さらに、就職した廃品回収会社も超ホワイトで、仕事がないときはスマホゲーをやってても問題なかったし給料もよかった。
それをこっちの世界でも引き継いでいるということか。
ひょっとすると、このラッキースターで運がよくなってるから廃品回収スキルで魔剣を回収できたのかもしれないな。
「とにかく、これで登録手続きは終了しました。会員証は後日こちらに届くので、届き次第お渡ししますね」
「わかった」
「依頼はどうします? すぐにご紹介できるものはいくつかありますが」
「あ~、そうだな……」
どうしよう。
このまま部屋でゴロゴロしたいところだけど、そうもいかない。ポーションを売って金を手に入れたとはいえ、無駄飯を食う余裕はない。ここは簡単な仕事をやって日銭を稼ぐべきか。
「依頼を受けるよ。適当に見繕ってくれるか?」
「了解いたしました。それでは……これなんてどうでしょう。つい先日、当ギルドに依頼されたものなんですが、ヒロタカさんでも受けることができますよ」
ローナがカウンターの下から紙を取り出した。
あの掲示板に貼り出す依頼書なのだろう。だが生憎、俺には何と書いてあるのか全くわからない。
「悪い、文字の読み書きができなくて」
「あっ、ごめんなさい。依頼はラスティ村の教会に教区司祭様からの書信を届けるという仕事です。ラスティ村は北の森を越えたところにあるので、ここから1時間くらいで行けます。報酬は銅貨2枚です」
つまり配達か。それくらいだったら危険もないし、それで銅貨2枚はなかなか美味しい仕事なのかもしれない。
うん、手はじめとしては最適だ。
「じゃあ、その依頼を受けるよ」
そうして俺は、異世界に来てはじめての依頼を受けることになった。
またここに戻ってくるなんて、何だか役所でたらい回しにされてる気分だ。
広場から路地に入り、木賃宿の前を通り過ぎて街の城壁近くまで来た。
ここまで来ると人気がない。広場とは違う世界みたいだ。
こんなところに冒険者ギルドがあるのかと訝しむ俺の目に、あの剣とコインのイラストが描かれた看板が映った。
あれが冒険者を表すイラストなのだろう。
「……何だか、小さい建物だな」
思わず声に出てしまった。
さっきの「ひとつ目熊の寝床」の立派な建物と比べると、同じ冒険者ギルドかと思うくらいに小さい。それに、見た目もボロボロだし、風が吹いたら倒壊してしまうんじゃないかと心配になってしまう。
でも、こういう場所にかぎって、中は綺麗だったりするんだよな~と思って中に入ったけれど、中身もボロボロだった。
こぢんまりとしたカウンターには誰もいないし、依頼書を貼り出すために設置されているっぽい掲示板には何も貼られていない。
というか、本当に誰もいない。
受付嬢はおろか、依頼を受けに来た冒険者すらいない。
もしかして、今日は休みなのだろうか。
と、そんなことを考えていたときだ。
「……ああっ!?」
ギルドの奥の扉から小さい少女が飛び出してきて、驚嘆の声を上げた。
年齢は今の俺よりも下だろう。白色のおさげに丸メガネ。そのメガネの奥に見える目は少し目尻が下がっていて、何だかふわっとした雰囲気がある。
頭に猫っぽい耳がついているので獣人なのだろう。
あ、もしかしてギルド名の「白猫」ってこの子のことなのか?
「も、も、もも、ももっ」
その猫耳少女が驚いたように目を見開いて「も」を連呼する。
「もしかして、登録者の方ですかっ!?」
「……っ!?」
その少女は餌を前にした猫のように俺に飛びついてきた。
「ちょ、な、何ですか急にっ!?」
「冒険者の登録ですよね!? ですよね!?」
「え? あ、いや、まぁ──」
「あ、答えなくて結構です! 違っても逃しませんからっ!」
いや、答えさせろよ。
というか、目が血走っててメチャクチャ怖いんですけど。
「ちょ、ちょっと、とりあえず離れてくださいよっ!」
可愛い女の子に抱きつかれて悪い気はしないけどさ。
「嫌です! 登録してくれるまで離れません!」
「するよ! 登録するから!」
ぐいぐいと引き剥がそうとしていたら、突然ヒョイッと少女が距離を取った。
ようやく解放されたかと思って少女を見ると、何だか胡乱な目でこちらを見ている。
「……今、どさくさに紛れて、わたしの胸を触りましたね?」
「は!? さ、触ってねぇし!」
「触ったかどうかわからないですって? ヒドイ! どうせわたしの胸はぺったんこですよ!」
「何も言ってねぇよ!」
何なんだよこいつ。いきなり飛びついてきたかと思いきや、言いがかりで他人を変態扱いしやがって。
いいか猫娘。
女の子の胸は、あればいいってもんじゃないんだぞ!?
「というか、誰なんだよあんた。このギルドの受付か?」
「……あ、自己紹介が遅れました。わたし、冒険者ギルド『白猫の宿り木』のギルドマスター兼受付兼看板娘のローナと申します」
ローナと名乗った獣人の女の子がペコリと頭を下げる。
自分で看板娘とか言うなとツッコみたくなったが、つい俺も頭を下げて「ヒロタカです」と自己紹介をしてしまった。
うむ、これぞ日本人の性だな。
「ギルドマスター兼受付って、あんたがひとりで切り盛りしてるってことか?」
「そうです。見てのとおり、ウチにはスタッフはおろか、登録している冒険者も少ないですからね」
ふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべるローナ。
偉そうに言うな。登録している冒険者がいないって、控えめに言ってヤバいじゃないか。
もしかして、俺は来てはいけないところに来てしまったのかもしれない。これからのことを考えると、もっと普通の冒険者ギルドに行くべきか。
そう思って引き返そうとした瞬間、ローナに腕をガシッと掴まれた。それはもう、凄まじい速さで。
「ヒロタカさんってカブルートの人じゃないですよね?」
「……え? カブルート?」
聞き返した瞬間、ローナが目を細めニヤリと笑う。
「はは~ん。この街の名前も知らないということは、やっぱり外から来た人ってことですねえ?」
しまった。足元をすくわれた。
「外からやってきてウチに来たってことは、冒険者協会に登録してない新米冒険者ってことですよね。うんうん、わかる。わかりますよ、ヒロタカさんの苦労。右も左もわからない! 宿に泊まるお金もない! はい! そこでどうでしょう!?」
ズイ、と顔を近づけてくるローナ。まつげがめっちゃ長い。
「今ならウチに登録していただけると、何と2階のお部屋を1室お貸ししちゃいますっ!」
「……えっ?」
「見てください。ウチにはスタッフも誰もいないんです。つまり! 部屋が! 山ほど余っている!」
両手を広げて「じゃじゃ~ん」と自ら効果音を口ずさむローナ。
「それに、部屋はわたしが毎日掃除しているのでピカピカです! ほら、依頼人も冒険者も来ないんで、毎日暇なんですよね~」
もはや自虐ネタに聞こえてきて、何だか悲しくなってきた。
でも、これは願ったり叶ったりというやつなのかもしれない。
仕事がない状況で金を出して部屋を借りるのはリスクしかないし、仕事をしながら住居も確保できるなんて最高じゃないか。
金を溜めるなら住み込みの仕事に限る。
まぁ、このギルドに仕事があればの話だけど。
「念のために聞いておきたいんだけどさ」
「はい、なんなりと!」
「見てのとおり俺はまだ冒険者協会ってところに登録していないんだけど、ここで登録して、すぐに仕事ができるのか?」
「できますとも! ウチのギルドはEランクの冒険者の方を対象にした依頼を発注していますので!」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……何ていうか、ここに仕事、あるんスか?」
ズバリ尋ねる。心配しているのは、この寂れたギルドに仕事を頼む依頼人がいるのかという話なのだ。
「もちろんありますよ。カブルートにある他の冒険者ギルドほどではないですけど、駆け出し冒険者でもこなせるような危険度が低い依頼がどしどし来てます」
「どしどしって、どれくらい?」
「え? えーと、何ていうか……2つか、3つくらい……かな」
「……なるほど。なかなかのどしどし感だな」
少ないな、とは思ったけど角が立たない言葉を返す。そこらへんは社会人経験で鍛えられたのだ。
しかし、少なかろうが仕事があれば問題ない。
それに、危険が少ない依頼というのもポイントが高い。ハイリスクハイリターンな仕事より、リターンが少なくてもリスクが少ない仕事を取るのが俺なのだ。
「わかった。じゃあ、ここで登録させてくれ」
「……っ!? ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
文字どおり、飛び上がるように喜ぶローナ。まさか本当に登録するとは思わなかったのかもしれない。かなり切羽詰まっていたんだな。
「協会への登録手続きを行いますので、どうぞこちらに!」
ローナに案内されて、カウンターへと向かう。
あまり使われていない雰囲気なのに、ホコリひとつないのはローナが掃除をしているからだろうか。
「それではこちらに手のひらを乗せてください」
ローナが何やらガラスの板っぽいものを取り出した。そのガラスの下に申込用紙っぽいものが挟んである。
「これって何だ?」
「文字の読み書きができない方でも登録手続きができるように、名前や所有スキルなどの情報を用紙に転写する魔導具です」
「へぇ~、何だかすごいな」
手のひらから個人情報を読み込むということだろうか。だとしたらすごい技術だ。
少しドキドキしながらガラス板の上に手を乗せる。
すぐにガラス板が光り出し、その下にある紙に文字が浮かび上がった。
だが、何と書いてあるのか読めない。
この世界の文字の読み書きはできないのだ。
「ヒロタカ・ヒロタさんですね」
紙を手に取り、ローナが読み上げてくれた。
「所有スキルは廃品回収、ラッキースター……魔術特性はなし」
「魔術、特性?」
聞き慣れない言葉に首をかしげてしまった。
「どの系統の魔術が使えるかですね。魔術には四大元素系の火、水、風、土……それに神聖系や暗黒系など色々あるんです。ヒロタカさんは加護スキルがないので魔術特性がない……つまり、使える魔術がないということですね」
「え? それってマズいんじゃないか?」
「いえいえ。結構いらっしゃいますよ。戦う手段が限られてくるってだけですし、それに強力な戦闘スキルがあれば問題ない……って、何ですかこのスキル?」
ローナがメガネをくいっと上げて、まじまじと用紙を見つめる。
「廃品回収にラッキースター……どっちもはじめて見るスキルですね」
最初の廃品回収はもちろん知っているが、もうひとつのラッキースターというのは、俺もはじめて聞く。ステータス画面にも載っていなかったものだ。
ローナが不思議そうに首をかしげながら続ける。
「特にこの廃品回収って、何だかヤバそうな名前ですね。一体どんなスキルなんですか?」
「あ~、それは何ていうか、使えないゴミスキルだな」
「ゴ、ゴミスキル? 自分のスキルなのにゴミって断言するなんて、もしかしてヒロタカさんってドMなんですか?」
「うるせぇよ」
自分の店をボロカスに言ってたお前が言うな。
しかし、冒険者ギルドで働いているローナも知らないってことは、俺が持っているスキルは2つともレアなのだろうか。
特にラッキースターというスキルが気になる。
スキルを確認できるウインドウ画面に出ていなかったのはなぜだろう。
廃品回収スキルのように発動するタイプのスキル……つまり、ゲームで言うところの「アクティブスキル」ではなく、常時効果が得られる「パッシブスキル」なのだろうか?
ラッキーというくらいなのだから、運気が上がるっぽいけれど。
そういえば、俺は子供の頃から運だけはよかったっけ。「じゃんけん帝王の寛貴」と呼ばれるほどじゃんけんに強かったし、駄菓子屋で買ったお菓子についているシールは、いつも激レアのキラキラシールだった。
さらに、就職した廃品回収会社も超ホワイトで、仕事がないときはスマホゲーをやってても問題なかったし給料もよかった。
それをこっちの世界でも引き継いでいるということか。
ひょっとすると、このラッキースターで運がよくなってるから廃品回収スキルで魔剣を回収できたのかもしれないな。
「とにかく、これで登録手続きは終了しました。会員証は後日こちらに届くので、届き次第お渡ししますね」
「わかった」
「依頼はどうします? すぐにご紹介できるものはいくつかありますが」
「あ~、そうだな……」
どうしよう。
このまま部屋でゴロゴロしたいところだけど、そうもいかない。ポーションを売って金を手に入れたとはいえ、無駄飯を食う余裕はない。ここは簡単な仕事をやって日銭を稼ぐべきか。
「依頼を受けるよ。適当に見繕ってくれるか?」
「了解いたしました。それでは……これなんてどうでしょう。つい先日、当ギルドに依頼されたものなんですが、ヒロタカさんでも受けることができますよ」
ローナがカウンターの下から紙を取り出した。
あの掲示板に貼り出す依頼書なのだろう。だが生憎、俺には何と書いてあるのか全くわからない。
「悪い、文字の読み書きができなくて」
「あっ、ごめんなさい。依頼はラスティ村の教会に教区司祭様からの書信を届けるという仕事です。ラスティ村は北の森を越えたところにあるので、ここから1時間くらいで行けます。報酬は銅貨2枚です」
つまり配達か。それくらいだったら危険もないし、それで銅貨2枚はなかなか美味しい仕事なのかもしれない。
うん、手はじめとしては最適だ。
「じゃあ、その依頼を受けるよ」
そうして俺は、異世界に来てはじめての依頼を受けることになった。