「……うお、まぶしっ」

 朽ちかけたボロボロの納屋のような小屋から出た俺の目に、まばゆい朝日が飛び込んできた。

 昨日の晩、ケンイチからパーティを追放された俺は、とりあえずこの「木賃宿」でひと晩明かすことにした。本当は路地で夜を越そうかと思ったのだけれど、何だか危ない連中が多そうだったからやめることにしたのだ。

 なので木賃宿の店主に言われるがまま、なけなしの金をはたいて場所を借りたのだが──。

「……これだったら、野宿と変わらなかったかもしれないな」

 入れ墨だらけの男や、顔が傷だらけの男が雑魚寝している木賃宿の中を見ながら思う。多分、ここも相当危険な場所に違いない。

 この街に着いたときにケンイチが借りていた屋敷みたいな宿とは雲泥の差だ。

 とはいえ、しっかりと寝たおかげか冷静に状況を受け止められている気がする。

 わけもわからず異世界に連れてこられて、なぜか17歳の姿になって、パーティから追放されてひとりになって──。

 うん。状況はよくないが、絶望するほどでもないだろう。

「とりあえず、金を手に入れないとな」

 元々そんなに手持ちがあったわけじゃないから、木賃宿に泊まって無一文になってしまった。

 回収スキルで得たアイテムを換金してから、仕事探しをするか。

 しかし、手っ取り早く仕事にありつけることができれば御の字なのだが、この世界で仕事ってどうやって見つけるんだろう?

 バイト求人なんてあるわけがないし。

「……いや、その前に、アイテムってどこで売れるんだ?」

 そもそも、本当に金になるのかすらわからない。

 ちょっと不安になった俺は、腰のポーチに保管してあった小瓶を取り出す。

 赤く発光した液体が入った小さな瓶が3つ。それに、青く発光した液体が入った中くらいの瓶がひとつ。

 確か赤いほうが傷口に振りかける治療薬の「回復ポーション」で、青いのが魔術を使うときに消費する「マナ」を回復する飲み薬の「マナポーション」だ。

「あれ? 逆だったっけ」

 まぁ、いいか。どっちにしても今の俺には必要のないものだ。これを売ればいくらか金になる……と思うのだけれど。

「ひとまず、これと同じものが売ってそうな店を探すか」

 こういうときは、専門家に聞くに限る。

 店がどこにあるのかわからないけど、大通りに出ればわかるだろう。

 俺は木賃宿の店主に挨拶して、路地から大通りに出る。

「……おぉ」

 改めて、ここは異世界なんだなぁと思った。

 中世っぽい長い袖のついたワンピースみたいな服や、継ぎ接ぎのシャツを身にまとった人が行き交い、中には獣の耳やしっぽを生やした人までいる。

 映画とかゲームで見る、獣人ってやつだろうか。

 街並みも、現代ではあまりお目にかかれない中世のヨーロッパという雰囲気だ。

 ふと、街の奥に大きな教会が見えた。あれが街の中心だろうか。教会の奥に何だか巨大な城みたいな建物があるが、王様でも住んでいるのか?

 人の流れに従って教会のほうへと歩いていると、俺が持っている小瓶のイラストが描かれた看板が見えたので入ってみることにした。

 店内には赤や青、それに緑や黄色といったカラフルな液体が入った瓶がずらりと並んでいた。

「いらっしゃい。今日はどういったご用件で?」

 ハゲ頭の店主っぽい男が話しかけてきた。

「回復ポーション、マナポーション、アンチポイズンにアンチパライズ。安価な低品質ポーションから、効果が高い高品質ポーションまでひととおり揃ってるよ」

 なるほど、ポーションは品質によって値段が左右するのか。もっと詳しく知りたいところだけど、無知をさらすと騙されそうな気もする。

 ここはバリバリに知ったかぶりをするべきだと、長年の社会経験者のカンが囁いているぜ。

「すみません、これを買い取ってほしいんですけど」

 俺はポーチから小瓶を取り出す。

 買い取りをやっているのかどうかはわからないけれど、ここはそういうもんだと思って堂々と行くほうがいいだろう。

「はいはい、買い取りね」

 どうやら予想は当たっていたらしい。

 店主は小瓶を手に取り、光にかざしはじめた。

「へぇ、なかなかいい品質じゃないか。こっちの回復ポーションはラドマン銀貨2枚、こっちのマナポーションはラドマン銀貨1枚で買い取れるが、どうする?」
「ラドマン、銀貨?」
「……ん? なんだ兄ちゃん、外の人間か?」
「あっ」

 マズい。この街に着いて何回か貨幣を使ってるけど、名前を聞くのは初めてだったのでつい反応してしまった。

 でも、店主の反応を見る限り、そう警戒する必要もなさそうだ。この人なら色々聞いても平気かもしれないな。

「実はそうなんです。先日、この街に到着したばかりで」
「ラドマン貨を知らねぇってことは、ヤルマか、カレドニアから来たのか?」
「え? あ、はい。まぁ、そんなところですね」

 何を言ってるのか全然わからないけど、深く頷いた。

「そのラドマン貨がどの程度の価値なのか教えてもらえませんか?」
「ああ、かまわねぇよ」

 そうして店主は貨幣の価値についてざっと教えてくれた。

 細かいところはわからなかったけれど、この国で使われているラドマン貨という貨幣は金、銀、銅があり、十進法で価値が変わるらしい。

 銅貨10枚で銀貨1枚になり、銀貨10枚で金貨1枚になるという具合だ。

 それで、銅貨が5枚程度あれば、広場にある酒場で部屋を借りられるという。さらに銅貨2枚程度で食事にありつけるらしい。

 木賃宿でくすんだ茶色の硬貨を1枚支払ったけど、あれがラドマン銅貨か。それを考えると、木賃宿ってかなり安いんだな。

「それで、どうする?」

 店主が尋ねてきた。

「ポーション、売るか?」
「あ、はい。その金額でお願いします」

 話に集中しすぎて本題を忘れてしまってた。

 俺は店主から銀貨7枚を受け取る。

「あの……ちなみに、仕事ってどこかでもらえたりします?」
「仕事?」
「はい、ちょっと仕事を探していまして」
「仕事だったら冒険者ギルドにでも行ってみればいいだろ。最近、街の周りも物騒になって魔物どもがうようよしてるからな。ま、城壁があるから街の中までは入ってこねぇけど、色々と被害が出てるみたいだしな」

 魔物というのは何度か戦ったことがあるから俺も知っている。姿なき声が言っていた「魔王」と同じく、この世界の人々に害を為している化物だ。

 なるほど、冒険者ギルドでその魔物を討伐する依頼が受けられるわけか。

 しかし、装備も何もないこの状況で魔物と戦うのは無理がある気がする。体力と腕力にだけは自信があるから、危険が少ない肉体労働の仕事を探したほうがいいかもしれない。

 まぁ、とりあえずその冒険者ギルドに行くか。

 冒険者ギルドの場所を尋ねると、店主は快く教えてくれた。

 何ていい人だ。最初は疑ってかかってしまったけど、神様レベルの親切さじゃないか。

「ありがとうございます。じゃあ、冒険者ギルドに行ってみます」
「おう。気をつけてな。今後とも、当店をどうぞご贔屓に」
「はい、また来ます」

 そうして俺は、冒険者ギルドへと向かった。