「ああ、ヒロタカくん。言ってなかったけど、キミはここでパーティから抜けてもらうから」
とある街に到着して、酒場で夕食を食べたあとのことだった。
宿に戻ろうとしていた俺を引き止めたケンイチが、明日の天気の話でもしているのかと勘違いしてしまうくらいに、さらっと言った。
その突拍子もない話に、俺はしばらく固まってしまう。
「……え? どういうこと?」
「どうもこうもないよ。キミは追放だ。役に立っていない人間をいつまでもパーティに置いておくわけにはいかないからね」
微笑みながらキザったらしく髪の毛をかき上げるケンイチ。
「あ、言っておくけれど、これはみんなの総意だよ? ヒロタカくん」
つまり、パーティにいる俺以外の6人全員が俺を追放したいと思っているってことか。
このケンイチを含めた6人とは、「魔王討伐」という目的を共有している運命共同体だが、知り合ってまだ半月も経っていない。
その半月の間に使えない人間だと判断して、追放という結論に至ったのだろう。
何を隠そう、俺がパーティのお荷物になっていたのは紛れもない事実だ。
ずっと肩身の狭い思いをしていたので、いつかパーティを離れようと思っていたのだけれど──まさか、こんな形でいきなりクビを突きつけられるとは。
「ん? 何だいその目は?」
ケンイチが胡乱な視線を俺に向ける。
「まさか『自分は役に立っている』とでも言いたいのかい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「持っているスキルは役に立たない、戦闘能力もない。できるのはゴミを1日1回『回収』するだけ。知っているかい? そういう人間を無能っていうんだよ?」
「…………」
嫌味ったらしく言わなくてもいいだろ……とは思ったが、当たっているので何も返すことができなかった。
ケンイチが言うとおり、俺に与えられた「スキル」は彼や他の連中と比べると大きく見劣りする。
このスキルというのは、いわば特殊能力のことだ。
スキルだの特殊能力だの、何だかゲームの中に出てくるような単語ばかりだが、ここはそういったものが実在する世界らしい。
この世界は、俺こと「廣田寛貴」が住んでいた世田谷でもなければ、日本でもない。
というか、そもそも地球でもない。
剣と魔法が存在する「異世界」なのだ。
俺やケンイチたちがこの異世界に転移させられたのが半月前だ。
元々俺は、世田谷の廃品回収会社で働いている作業員だった。
その日も都内の一軒家で家電の回収にあたっていたのだけれど、突然後ろから誰かに引っ張られて転倒してしまい、気がついたらこの世界に来ていた。
そこで同じように転移させられたケンイチたちと出会い、天から聞こえた「姿なき声」に魔王討伐を押し付けられた。
何でもこの世界には秩序を乱す魔王という存在がいて、その魔王を倒して世界に安定をもたらしてほしいというのだ。
もちろん、俺を含め転移させられた7人全員が拒否した。
突然、妙な世界に拉致され「世界を救え」と言われて、「わかった俺に任せろ」なんて言うやつがいるのは、映画や漫画の中だけなのだ。
湧いてくるのは「義心」ではなく「疑心」。
だけど、俺たちに魔王討伐依頼を拒否する権利はなかった。
魔王を討伐する以外に元の世界に戻れる方法はないと脅迫まがいのことを言われたからだ。いや、これは「まがい」ではなく完全に脅迫か。
とにかく、そういうことで俺たち7人は渋々魔王討伐の旅に出ることになった。
そのときに与えられたのが、この「スキル」というものだった。
ケンイチをはじめとする6人の転移者には、もはや「それチートだろ」と言いたくなるような凶悪なスキルが与えられていた。
一定時間無敵になるスキルや、ヤバい魔術が使えるようになるスキルなどなど。
だけど、俺に与えられたのは──廃品回収。
言い間違いではなく、正真正銘「廃品回収」という名前のスキルだった。
気を使って転移前の職業にちなんだスキルを与えたというのなら、あの姿なき声のケツを蹴り飛ばしてやりたい。
というか、何だよ廃品回収って。
この廃品回収スキルは「12時間に1回、この世界に放置されている捨てられたアイテムを回収する」という能力だった。
このスキルを使うと、世界中にあるゴミの中から、ランダムでアイテムをひとつから複数個、手元に呼び出すことができるのだ。
たまに金になりそうなアイテムや食べられそうな果物を回収することがあるが、大抵は残飯や壊れた装備などのゴミばかり。
つまり、この廃品回収スキルは、半日に1回ゴミを回収する文字どおりのゴミスキルなのだ。
このスキルのせいで、俺は完全にパーティのお荷物になっていた。
戦闘の役にも立たず、かといって普段の生活でも役に立たないスキルを持つ俺にできるのは、荷物持ちなどの雑用の力仕事だけだった。
「まぁ、悪く思わないでくれよ、ヒロタカくん」
ケンイチがぽん、と俺の肩を叩く。
「ここまでキミを助けてあげていたのは同じ転移者のよしみ、みたいなものがあったからだ。だけど、領主様からもらった『支援金』が少々心もとなくなってきてね。キミにもわかるだろ?」
つまり、不良債権の処理とでも言いたいのだろう。
見知らぬ世界で魔王を倒す旅をするには、金が必要になる。
毎日の食事に泊まる宿、それに、装備やアイテム。
この世界に来て最初に直面した問題が、その「金の工面」だった。
その問題を解決するために、ケンイチはチートスキルを使って金を集めることにした。
チートスキルで魔物を討伐しまくって名声を高め、「魔王を倒す勇者」を名乗って支援者を探したのだ。
すぐに勇者の噂は広まり、金を集めることには成功したのだが──ケンイチたちはその支援金を魔王討伐ではなく、毎日の贅沢に使った。
泊まる宿は貴族の屋敷かと思うくらいに豪華だったし、食べるものも旬の食材を使った一級品ばかり。
有名なフランスの某王妃が裸足で逃げそうなくらいの豪遊っぷりだ。
勇者を名乗って金策に成功したケンイチは、いつの間にかパーティのリーダー的存在になり、彼を中心にパーティは動くようになった。
そんなケンイチがパーティの中で決めたのが「貢献度に合わせて贅沢をさせる」というルールだ。
もちろん、俺の貢献度はメンバーの中で最低だったので、泊まるのは馬小屋で、食事も質素なものだった。
だけど、それでもパーティのお荷物だった俺に宿と食事を与えてくれたケンイチたちには感謝していたし、むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だからいつかはパーティを離れてひとりで生きていこうと考え、廃品回収スキルで回収した金目のものを手元に残して準備を進めていたのだが──。
「というか、キミは僕たちの庇護がなくても、やっていけるでしょ?」
俺が返事を渋っているように見えたのか、ケンイチが呆れたように笑う。
「だって、元々は32歳のオジサンなんだよね? 社会経験はあるし、この世界でもひとりで生きていけると思うよ?」
ケンイチも俺も今の見た目は17歳だが、元々は全く違う年齢だった。
どうやら、転移させられたときにこの世界の成人年齢である17歳にさせられたらしい。俺やケンイチだけではなく他のメンバーも同じだ。
ケンイチは転移前は19歳の大学生だと言っていた。人望が厚く、軽音サークルのリーダーを務めていたという。
一方の俺は、廃品回収業者で働く32歳。
まぁ、働いていたときから交友関係は広かったので年齢の隔たりなく話せるけど、それでもひとりだけオッサンというのはキツいものがあった。
しかし、とケンイチを見て思う。
追放宣言を受けるとは思ってもみなかったけど、これでようやく肩身の狭い思いから解放されることになりそうだ。
回収スキルでいくつか金になりそうなものは保管してあるし、とりあえずそれを換金して元手にして仕事を探せば、生きていけるだろう。
魔王討伐はケンイチに任せて、俺はこの世界でのんびり暮らそう。
適当に金を稼ぎながら、悠々自適に。
「わかった。これ以上世話になるのは心苦しいし、パーティを出ていくよ」
さらっと返すと、ケンイチは意外そうな顔をした。
「なんだ、てっきり怒りに任せて殴りかかってくるかと思っていたけど、能力だけじゃなく度胸もなかったんだね」
さらっと嫌味をこぼすケンイチ。
少しムカッときたけれど、大人の余裕で我慢した。
殴りかかったところでチートスキルで返り討ちにあうのは目に見えてるし。
俺は努めて冷静にケンイチに返す。
「そんな野蛮なことするわけないだろ。というか、いきなり殴りかかるやつなんているのか?」
「前にサークルを追放した人間が殴りかかってきてさ。当然、法の裁きを受けてもらったけど」
「……あ、そう」
経験アリなのね。
一体どんな理由で追放したのやら。
規則を守らなかった、みたいな正当な理由だったらいいけど。
「まぁ、いいや。それじゃあ、お世話になりました」
「あ、ちょっと待って」
礼を言って立ち去ろうとした俺を、ケンイチが引き止める。
「出ていく前に、その装備は置いていってよ?」
「え?」
「キミが着ている鎧と腰にぶら下げている剣は、僕のパーティの所有物だよ? 無能なキミには過ぎた装備さ」
確かにこの装備は、領主からもらった支援金で買ったものだ。
誰の所有物かといえば、パーティのものと言える。
というか、どうでもいいけど、今、「僕のパーティ」って言ったか?
いつからパーティはお前の所有物になったんだ?
「ほら、グズグズしないでさっさと返してよ。僕は早く宿に帰って休みたいんだ。役立たずのキミと違って、勇者の僕には世界を救うっていう大事な使命があるからね?」
悪びれもせずに、爽やかに嫌味を言うケンイチ。
俺は大きくため息をついて、心の中でツッコんだ。
お前、世界を救う気なんてさらさらないだろ、と。
こいつもある意味、悠々自適な異世界生活を送っていることになるのだろうけれど、こうはなるまいと心に誓った。
「わかったよ。これは返す」
装備くらい大目に見てほしいというのが正直なところだが、パーテイを去るなら後腐れなく去りたい。
俺は、剣と鎧をケンイチに手渡す。
「……これでいいか?」
「ああ、もう行っていいよ」
そうしてケンイチの前から去ろうとしたとき、再び彼の声が耳を撫でた。
「じゃあね、無能くん。キミのより一層の健勝と活躍を、心から祈ってるよ」
「…………」
お前は不採用時に送られてくるお祈りメールか。
こいつ、わざとやってるとしたら神経を逆撫でするセンスがあるな。
いい加減、腹が立ってきた俺は吐き捨てるようにケンイチに言ってやった。
「こっちもお前の健勝と活躍を祈ってるよ、伝説の勇者様」
とある街に到着して、酒場で夕食を食べたあとのことだった。
宿に戻ろうとしていた俺を引き止めたケンイチが、明日の天気の話でもしているのかと勘違いしてしまうくらいに、さらっと言った。
その突拍子もない話に、俺はしばらく固まってしまう。
「……え? どういうこと?」
「どうもこうもないよ。キミは追放だ。役に立っていない人間をいつまでもパーティに置いておくわけにはいかないからね」
微笑みながらキザったらしく髪の毛をかき上げるケンイチ。
「あ、言っておくけれど、これはみんなの総意だよ? ヒロタカくん」
つまり、パーティにいる俺以外の6人全員が俺を追放したいと思っているってことか。
このケンイチを含めた6人とは、「魔王討伐」という目的を共有している運命共同体だが、知り合ってまだ半月も経っていない。
その半月の間に使えない人間だと判断して、追放という結論に至ったのだろう。
何を隠そう、俺がパーティのお荷物になっていたのは紛れもない事実だ。
ずっと肩身の狭い思いをしていたので、いつかパーティを離れようと思っていたのだけれど──まさか、こんな形でいきなりクビを突きつけられるとは。
「ん? 何だいその目は?」
ケンイチが胡乱な視線を俺に向ける。
「まさか『自分は役に立っている』とでも言いたいのかい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「持っているスキルは役に立たない、戦闘能力もない。できるのはゴミを1日1回『回収』するだけ。知っているかい? そういう人間を無能っていうんだよ?」
「…………」
嫌味ったらしく言わなくてもいいだろ……とは思ったが、当たっているので何も返すことができなかった。
ケンイチが言うとおり、俺に与えられた「スキル」は彼や他の連中と比べると大きく見劣りする。
このスキルというのは、いわば特殊能力のことだ。
スキルだの特殊能力だの、何だかゲームの中に出てくるような単語ばかりだが、ここはそういったものが実在する世界らしい。
この世界は、俺こと「廣田寛貴」が住んでいた世田谷でもなければ、日本でもない。
というか、そもそも地球でもない。
剣と魔法が存在する「異世界」なのだ。
俺やケンイチたちがこの異世界に転移させられたのが半月前だ。
元々俺は、世田谷の廃品回収会社で働いている作業員だった。
その日も都内の一軒家で家電の回収にあたっていたのだけれど、突然後ろから誰かに引っ張られて転倒してしまい、気がついたらこの世界に来ていた。
そこで同じように転移させられたケンイチたちと出会い、天から聞こえた「姿なき声」に魔王討伐を押し付けられた。
何でもこの世界には秩序を乱す魔王という存在がいて、その魔王を倒して世界に安定をもたらしてほしいというのだ。
もちろん、俺を含め転移させられた7人全員が拒否した。
突然、妙な世界に拉致され「世界を救え」と言われて、「わかった俺に任せろ」なんて言うやつがいるのは、映画や漫画の中だけなのだ。
湧いてくるのは「義心」ではなく「疑心」。
だけど、俺たちに魔王討伐依頼を拒否する権利はなかった。
魔王を討伐する以外に元の世界に戻れる方法はないと脅迫まがいのことを言われたからだ。いや、これは「まがい」ではなく完全に脅迫か。
とにかく、そういうことで俺たち7人は渋々魔王討伐の旅に出ることになった。
そのときに与えられたのが、この「スキル」というものだった。
ケンイチをはじめとする6人の転移者には、もはや「それチートだろ」と言いたくなるような凶悪なスキルが与えられていた。
一定時間無敵になるスキルや、ヤバい魔術が使えるようになるスキルなどなど。
だけど、俺に与えられたのは──廃品回収。
言い間違いではなく、正真正銘「廃品回収」という名前のスキルだった。
気を使って転移前の職業にちなんだスキルを与えたというのなら、あの姿なき声のケツを蹴り飛ばしてやりたい。
というか、何だよ廃品回収って。
この廃品回収スキルは「12時間に1回、この世界に放置されている捨てられたアイテムを回収する」という能力だった。
このスキルを使うと、世界中にあるゴミの中から、ランダムでアイテムをひとつから複数個、手元に呼び出すことができるのだ。
たまに金になりそうなアイテムや食べられそうな果物を回収することがあるが、大抵は残飯や壊れた装備などのゴミばかり。
つまり、この廃品回収スキルは、半日に1回ゴミを回収する文字どおりのゴミスキルなのだ。
このスキルのせいで、俺は完全にパーティのお荷物になっていた。
戦闘の役にも立たず、かといって普段の生活でも役に立たないスキルを持つ俺にできるのは、荷物持ちなどの雑用の力仕事だけだった。
「まぁ、悪く思わないでくれよ、ヒロタカくん」
ケンイチがぽん、と俺の肩を叩く。
「ここまでキミを助けてあげていたのは同じ転移者のよしみ、みたいなものがあったからだ。だけど、領主様からもらった『支援金』が少々心もとなくなってきてね。キミにもわかるだろ?」
つまり、不良債権の処理とでも言いたいのだろう。
見知らぬ世界で魔王を倒す旅をするには、金が必要になる。
毎日の食事に泊まる宿、それに、装備やアイテム。
この世界に来て最初に直面した問題が、その「金の工面」だった。
その問題を解決するために、ケンイチはチートスキルを使って金を集めることにした。
チートスキルで魔物を討伐しまくって名声を高め、「魔王を倒す勇者」を名乗って支援者を探したのだ。
すぐに勇者の噂は広まり、金を集めることには成功したのだが──ケンイチたちはその支援金を魔王討伐ではなく、毎日の贅沢に使った。
泊まる宿は貴族の屋敷かと思うくらいに豪華だったし、食べるものも旬の食材を使った一級品ばかり。
有名なフランスの某王妃が裸足で逃げそうなくらいの豪遊っぷりだ。
勇者を名乗って金策に成功したケンイチは、いつの間にかパーティのリーダー的存在になり、彼を中心にパーティは動くようになった。
そんなケンイチがパーティの中で決めたのが「貢献度に合わせて贅沢をさせる」というルールだ。
もちろん、俺の貢献度はメンバーの中で最低だったので、泊まるのは馬小屋で、食事も質素なものだった。
だけど、それでもパーティのお荷物だった俺に宿と食事を与えてくれたケンイチたちには感謝していたし、むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だからいつかはパーティを離れてひとりで生きていこうと考え、廃品回収スキルで回収した金目のものを手元に残して準備を進めていたのだが──。
「というか、キミは僕たちの庇護がなくても、やっていけるでしょ?」
俺が返事を渋っているように見えたのか、ケンイチが呆れたように笑う。
「だって、元々は32歳のオジサンなんだよね? 社会経験はあるし、この世界でもひとりで生きていけると思うよ?」
ケンイチも俺も今の見た目は17歳だが、元々は全く違う年齢だった。
どうやら、転移させられたときにこの世界の成人年齢である17歳にさせられたらしい。俺やケンイチだけではなく他のメンバーも同じだ。
ケンイチは転移前は19歳の大学生だと言っていた。人望が厚く、軽音サークルのリーダーを務めていたという。
一方の俺は、廃品回収業者で働く32歳。
まぁ、働いていたときから交友関係は広かったので年齢の隔たりなく話せるけど、それでもひとりだけオッサンというのはキツいものがあった。
しかし、とケンイチを見て思う。
追放宣言を受けるとは思ってもみなかったけど、これでようやく肩身の狭い思いから解放されることになりそうだ。
回収スキルでいくつか金になりそうなものは保管してあるし、とりあえずそれを換金して元手にして仕事を探せば、生きていけるだろう。
魔王討伐はケンイチに任せて、俺はこの世界でのんびり暮らそう。
適当に金を稼ぎながら、悠々自適に。
「わかった。これ以上世話になるのは心苦しいし、パーティを出ていくよ」
さらっと返すと、ケンイチは意外そうな顔をした。
「なんだ、てっきり怒りに任せて殴りかかってくるかと思っていたけど、能力だけじゃなく度胸もなかったんだね」
さらっと嫌味をこぼすケンイチ。
少しムカッときたけれど、大人の余裕で我慢した。
殴りかかったところでチートスキルで返り討ちにあうのは目に見えてるし。
俺は努めて冷静にケンイチに返す。
「そんな野蛮なことするわけないだろ。というか、いきなり殴りかかるやつなんているのか?」
「前にサークルを追放した人間が殴りかかってきてさ。当然、法の裁きを受けてもらったけど」
「……あ、そう」
経験アリなのね。
一体どんな理由で追放したのやら。
規則を守らなかった、みたいな正当な理由だったらいいけど。
「まぁ、いいや。それじゃあ、お世話になりました」
「あ、ちょっと待って」
礼を言って立ち去ろうとした俺を、ケンイチが引き止める。
「出ていく前に、その装備は置いていってよ?」
「え?」
「キミが着ている鎧と腰にぶら下げている剣は、僕のパーティの所有物だよ? 無能なキミには過ぎた装備さ」
確かにこの装備は、領主からもらった支援金で買ったものだ。
誰の所有物かといえば、パーティのものと言える。
というか、どうでもいいけど、今、「僕のパーティ」って言ったか?
いつからパーティはお前の所有物になったんだ?
「ほら、グズグズしないでさっさと返してよ。僕は早く宿に帰って休みたいんだ。役立たずのキミと違って、勇者の僕には世界を救うっていう大事な使命があるからね?」
悪びれもせずに、爽やかに嫌味を言うケンイチ。
俺は大きくため息をついて、心の中でツッコんだ。
お前、世界を救う気なんてさらさらないだろ、と。
こいつもある意味、悠々自適な異世界生活を送っていることになるのだろうけれど、こうはなるまいと心に誓った。
「わかったよ。これは返す」
装備くらい大目に見てほしいというのが正直なところだが、パーテイを去るなら後腐れなく去りたい。
俺は、剣と鎧をケンイチに手渡す。
「……これでいいか?」
「ああ、もう行っていいよ」
そうしてケンイチの前から去ろうとしたとき、再び彼の声が耳を撫でた。
「じゃあね、無能くん。キミのより一層の健勝と活躍を、心から祈ってるよ」
「…………」
お前は不採用時に送られてくるお祈りメールか。
こいつ、わざとやってるとしたら神経を逆撫でするセンスがあるな。
いい加減、腹が立ってきた俺は吐き捨てるようにケンイチに言ってやった。
「こっちもお前の健勝と活躍を祈ってるよ、伝説の勇者様」