「どこ行くんだろう、何で校庭に行くんだろうってどんどん不安が高まってたけど……。まさかここで立ち止まるなんて、もう嫌な予感しかしないんだけど。何でわざわざ、七瀧くんを崖前に連れてきたの?」
 身体を吹き抜ける風がとても冷たく、冬の訪れを実感する。
 教室を出てから七瀧くんが何度場所を尋ねても、無視して早足で歩き続けた谷向くんは、校庭奥にある立ち入り禁止の崖前でようやく足を止めた。
「お前、こいつのことが心配だからどこまでもついていくって、教室を出る直前に言ったよな?」
「言ったけど……。まさかとは思うけど、七瀧くんを崖から突き落とす気じゃないよね? そんなことしたらただじゃおかな……ないから!」
 普段言い慣れていない言葉を相手にぶつけようとしたせいで少しどもる。
「そんなつまんねーことはしねぇよ。俺は自称・面白い男だからもっと面白いことやる」
 言いつつ谷向くんはトラロープを跨いで、崖縁に足を踏み入れ、右手をポケットに突っ込んだ。
「自称って……」
 思わず浮かんだ苦笑いが、谷向くんが、ポケットから取り出した、青色の何か、を崖下に向かって投げ捨てたことで、強張る。
 何かではない。あれは七瀧くんが探していたお守りだ。
 気づいた時には、机の上に置いていた鞄のチャックが開いていて確認したら、なくなっていたのだと言っていた。
 七瀧くんが必死に探してる時に、谷向くんがやってきて、自分が犯人だと明かして、返して欲しければ黙ってついてこいって言ったから、ここまできたのだ。
「おいっ!!」
 七瀧くんが普段よりも高く、掠れた声を出す。勢いよく走り出してロープを飛び越え、谷向くんの胸倉を掴む。
「なんで!?」
 事実だと信じたくないという胸の内が伝わるような七瀧くんの声に、多数の針を突き刺されたように胸が痛み、涙が出そうになった。
「あれは……! お母さんが俺に買ってくれた最後のお守りだから、失くさないように机に仕舞ってたけど、やっぱり交通安全のお守りだから、鞄に入れた方がいいと思い直して、常に持ち歩くようにしたって! お前だから信頼して打ち明けたのに、何でお前が捨てるんだよッ!? 俺に恨みでもあんのかよ!? そんなに嫌いかよ!?」
 悲痛さに満ちた怒声を聞きながら私もロープを飛び越えて七瀧くんの元に急いだ。
 崖縁にくると、七瀧くんは谷向くんを憎々しげに睨みつけながら胸倉から手を離した。しゃがんで崖下を覗き込む。
「クッソ、ここからじゃどこにあんのか全然分かんねぇ」
 唸り声を上げながら苛立たしげに太腿を叩く。
「お前を追い詰めることができたみたいだから、これも成功だな」
「俺を追い詰めることが目的だったのか? マジでそれだけのためにいじめてたのか? 他に理由があるんだってずっと信じてたのに」
 七瀧くんの声は徐々に尻すぼみになっていき、
「なんか、もう、生きることが馬鹿馬鹿しくなった……」
 霜月の肌寒い風が凍りつくような一言を、私にも谷向くんにも伝えようとするわけでもなく、ぽつりと呟いた。
 七瀧くんは吸い寄せられるようにためらいなく崖から飛び降り──、
「……離せよ赤根川。崖の下に落ちたお守りを取りに行ってくるだけだから」
 る前に、真後ろから飛びついて抱きしめてそうさせなかった。
「一度行ったら、もう二度とここに戻ってこれないでしょ」
 お腹に回した腕を強く締めつける。まだ七瀧くんの体温を感じる。まだ死んでない。
「もう戻ってこないつもりだから、問題ない」