✼ 第二章 茜色、若葉の舞い散る教室で ✼
「文化祭の台本ができたみたいだから配るねー!」
部長が一人ひとりに少し厚そうな台本を配っていく。
今年は2つの演目があって、演劇時間を2つに割ってやるらしい。いわゆるサイドストーリーらしきものを2つ同時にやるといった感じ。
1つ目の題名を見る。
表紙に先輩の字で『奏音』と大きく書かれていた。
もう一つの題名は『燃ゆる』と書いてあった。
パラパラとページをめくる。
1つ目の奏音は、吹奏楽部の子が一目惚れした男の子に主を音に乗せて届けようとする話。
吹奏楽部に楽器を借りないといけないらしく、こちらの物語の主人公は演技だけでなく楽器練習というおまけ付きだ。
2つ目は、1つ目の主人公の女の子の友達である向日葵ちゃんという子の話で、こちらも一途な女の子が一目惚れした男の子に思いを届けて結ばれるハッピーエンドストーリー。
「さらっと目を通してもらったからわかると思うんだけど、今回は2つの演目があるの。皆この役やりたいよって言うのとかある?」
部長が見回して言う。
副部長は隣でずっと台本とにらめっこをしている。
三年生は登録されている人数は多いものの、来ているのは三人だけ。
部長の日菜多先輩、副部長の静波先輩、そして福田先輩。
日菜多先輩は演技がとても上手。
今回は最後の文化祭公演になるから多分どちらかの主役をやると思われる。
静波先輩は毎回しょうめいや音楽を担当してくれる。演技は苦手らしいから公演には出たことがない。
福田先輩は頼りになるお兄さんみたいな先輩で優しく教えてくれる。
そのため必然的に三年生で演技をするのは二人。そのうち一人は男の先輩。
ということは二年生からも主役を担当する人が出てくるということになる。
男の子役は一年生の男子の誰かだ。
多分音緒だろうなと心のなかで思う。
私演技が上手くないから。
だから残念ながらあんな大舞台で明るいライトの光を全身で受けながらたくさんのセリフを発することはない。
「はい!推薦になるんですけど、私『燃ゆる』の主人公は夏弧がいいと思います!!!一途な夏弧しかできないと思います!先輩いいですか?」
「うーん…そうね…」
日菜多先輩はちらりと静波先輩の方を見る。
最後の文化祭だから二人で一緒に出たいのだろう。
静波先輩はその視線を感じ取ると心底嫌そうな顔をして「嫌」と口パクし、小さく首を振っていた。
それを見て日菜多先輩は小さく口を膨らませて、でも諦めた。
「うん、じゃあ『燃ゆる』の主役は夏弧ちゃんで!!その分夏弧ちゃんにはいち早く台本を覚えて毎日沢山練習してもらうわよ?」
そう言って日菜多先輩は怖い笑顔を向けてくる。
一瞬ひるんだがすぐに姿勢を正す。
先輩たちの最後の文化祭公演。絶対最高のものにして見せる。
「はい…!!お願いします!!」
*
「お疲れさまでしたー」
「お疲れ様でしたー、夏孤頑張ってね」
「うん、お疲れ様」
時計を見ると今は18時頃。
文化祭の公演の役決めが思っていたよりもすんなりと進んだおかげか、思っていたよりも早く部活は終わった。
皆に挨拶をして台本を持ち直す。
『あーあ!ほんっと暇!!なにか楽しいことでも落ちてないかな〜!』
『だって〜…授業は暇なんだもん!』
なんか違うな。
つぶやく感じのほうがいいかもしれない。
『だってぇ〜…授業は暇なんだもん〜…』
部活動終了のアナウンスが流れる。
大体の部活はこのアナウンスを聞いて片付けを始める。
私はその音を聞きながら台本を片手にほとんど入っていない鞄を持って部室をあとにし、教室に向かった。
教室に置いてあるメトロノームをつける。
カチ、カチ、カチというテンポを聞きながら私は誰もいない教室でノートを開く。
「アメンボ赤いなあいうえお、浮藻に小エビも泳いでる、柿の木栗の木かきくけこ、きつつきコツコツかれけやき、ささげにすをかけさしすせそ、その魚浅瀬で刺しました!」
言えた…!
初めて言葉を発することができた子供のように喜ぶ。
だんだん日が傾いてくるが、もうすぐ夏ということもあり空はまだまだ明るい。
視線を下げると、数人の男子が渡り廊下にある自動販売機で飲み物を買っている。
そのうちの一人が手を振り、皆のもとを去っていった。
目を凝らしてよく見てみる。
バスケ部のエース。つまりあの集団はバスケ部か。
ということは…
無意識に木々飛くんの姿を探してしまっていた自分に気がつき顔が熱くなる。
知らないふりをしていたはずなのに再び探してしまう。
「あっ…!」
そしてついに探していた姿を見つけた。
と思った途端、視界から木々飛くんが消えた。
多分どこかに行った。帰ったのかな。少ししか見えなかったな。
そう思って視線を台本に戻し、練習を再開する。
今度は台本を持って少し大きな声で言ってみる。
初めの方はあんまり楽しくないしな。
そう思って最後の方のページをぱらぱらとめくる。
こうやって見てみるとやはり主役はセリフの量が多い。覚えるだけで一苦労だ。
最後のほうのページまでめくると、あるセリフに目を奪われた。
「私、勇斗くんのことが好きです……」
"好きです"と言う言葉に引っかかり、体中が熱くなる。
なんでこの言葉でこんなに恥ずかしがってるんだろう。
自分がバカバカしい。
ちらりと先程木々飛くんがいたところに目を向ける。
はっとなり首をブンブン振り、両手で頬を抑える。
なんでこんなに暑いの。
好きといっても、高校生の恋愛なんて底が知れている。
かっこいいと思ったり、優しくもらっただけで"好きかも"と考えてしまう年頃なのだ。
ぐるぐると頭の中で考えても、意味はない。
たった一時でもいいから付き合うという幸せを感じてみたい。
高校生の好きでも好きに変わりはないんだから。
「難しいよ…」
そう言いながら机に顔を埋める。
少し長く伸ばした髪が顔を覆い隠す。
いろんな音が聞こえる。教室は無駄に静かだからだろうか。
野球部の挨拶の声、陸上部が片付けをする音、木が揺れる音、セミの鳴き声。そして
「えっ、ちょっと待って!大丈夫?」
木々飛くんの声。
え?木々飛くんの声…?
恐る恐る顔をあげる。
「えっ?」
「ちょっと失礼」
そう言って木々飛くんは私の顔をのぞきこむ。
整った顔にほんのりと焼けた肌。さらさらな髪や柑橘系の香りがふわりと肌を刺す。
今までにない距離に心臓が速く大きく動く。
「良かった、泣いてない」
そう言って木々飛くんはふわりと笑う。
いつもの笑顔とは違う、優しい笑顔。
それが今、私だけに私のために向けられている。
顔があつい。
セミの音がうるさい。
もしかして自分を心配して来てくれたのかも、なんて。
そんなことあるはずないのに。
もしたとえそんなことがあったとしたらもう一つ上の可能性を期待しちゃうよ。
「もしかしてだけど、私が泣いてると思って声かけてくれたの…?」
窺いながら尋ねる。
自意識過剰なのかもしれない。少しだけでも夢を持っていたいのかもしれない。
夕焼けの色が窓から木々飛くんの顔を照らす。
"違うよ。君が好きだから。"
「えっ?!そんなのそうに決まってるじゃん!!」
まぁそうだよね。少女漫画じゃあるまいし。
心配してくれただけで嬉しいけど。
けど、"それ以外の感情はありませんか?"
なんて。聞けるはずもない。
だって、そもそもわたしのことを覚えてなんて。
「大江さんが部活の練習してるの見てたよ」
木々飛くんがポツリとつぶやく。
その言葉に私は無意識に顔を上げていた。
「すっげーかっこよかったし、上手かった!!」
「え、なんで」
"私のことを覚えてるの"
そう言おうとしたら木々飛くんはまたすぐに口を開いた。
私の疑問は心の瓶に詰め込んだ。
「なんて、上手かったとかなんで上から目線なんだよって話だよな!でも、それくらい感動した」
「ありが、とう…」
「なんかで発表するやつ?」
「うん、文化祭の演劇部公演、だけど」
動揺を隠せない。
動揺しているはずなのに頭の中は無駄に冷静に物事を処理してしまっている。
"私が主役するから見に来てくれない?"
思っても言葉には出さない。
でも、言いたい。見に来てほしい。木々飛くんがくるなら私頑張るから。
「へ〜!そうなんだ!それって俺も見に行っていいやつ?」
「へ?大丈夫だけど…」
「じゃあ俺、見に行く!!」
やっぱり、木々飛くんはずるい。
そんなかっこいいのに平気でそんなこと言えちゃって。
そんなにかっこいいんだから他の人に言ってあげなよ。
台本の文字の上に線を引き、シャーペンで文字を書く。
"私、木々飛くんのことが好きです"
また一つ、目の前のことから目を背けた。
「文化祭の台本ができたみたいだから配るねー!」
部長が一人ひとりに少し厚そうな台本を配っていく。
今年は2つの演目があって、演劇時間を2つに割ってやるらしい。いわゆるサイドストーリーらしきものを2つ同時にやるといった感じ。
1つ目の題名を見る。
表紙に先輩の字で『奏音』と大きく書かれていた。
もう一つの題名は『燃ゆる』と書いてあった。
パラパラとページをめくる。
1つ目の奏音は、吹奏楽部の子が一目惚れした男の子に主を音に乗せて届けようとする話。
吹奏楽部に楽器を借りないといけないらしく、こちらの物語の主人公は演技だけでなく楽器練習というおまけ付きだ。
2つ目は、1つ目の主人公の女の子の友達である向日葵ちゃんという子の話で、こちらも一途な女の子が一目惚れした男の子に思いを届けて結ばれるハッピーエンドストーリー。
「さらっと目を通してもらったからわかると思うんだけど、今回は2つの演目があるの。皆この役やりたいよって言うのとかある?」
部長が見回して言う。
副部長は隣でずっと台本とにらめっこをしている。
三年生は登録されている人数は多いものの、来ているのは三人だけ。
部長の日菜多先輩、副部長の静波先輩、そして福田先輩。
日菜多先輩は演技がとても上手。
今回は最後の文化祭公演になるから多分どちらかの主役をやると思われる。
静波先輩は毎回しょうめいや音楽を担当してくれる。演技は苦手らしいから公演には出たことがない。
福田先輩は頼りになるお兄さんみたいな先輩で優しく教えてくれる。
そのため必然的に三年生で演技をするのは二人。そのうち一人は男の先輩。
ということは二年生からも主役を担当する人が出てくるということになる。
男の子役は一年生の男子の誰かだ。
多分音緒だろうなと心のなかで思う。
私演技が上手くないから。
だから残念ながらあんな大舞台で明るいライトの光を全身で受けながらたくさんのセリフを発することはない。
「はい!推薦になるんですけど、私『燃ゆる』の主人公は夏弧がいいと思います!!!一途な夏弧しかできないと思います!先輩いいですか?」
「うーん…そうね…」
日菜多先輩はちらりと静波先輩の方を見る。
最後の文化祭だから二人で一緒に出たいのだろう。
静波先輩はその視線を感じ取ると心底嫌そうな顔をして「嫌」と口パクし、小さく首を振っていた。
それを見て日菜多先輩は小さく口を膨らませて、でも諦めた。
「うん、じゃあ『燃ゆる』の主役は夏弧ちゃんで!!その分夏弧ちゃんにはいち早く台本を覚えて毎日沢山練習してもらうわよ?」
そう言って日菜多先輩は怖い笑顔を向けてくる。
一瞬ひるんだがすぐに姿勢を正す。
先輩たちの最後の文化祭公演。絶対最高のものにして見せる。
「はい…!!お願いします!!」
*
「お疲れさまでしたー」
「お疲れ様でしたー、夏孤頑張ってね」
「うん、お疲れ様」
時計を見ると今は18時頃。
文化祭の公演の役決めが思っていたよりもすんなりと進んだおかげか、思っていたよりも早く部活は終わった。
皆に挨拶をして台本を持ち直す。
『あーあ!ほんっと暇!!なにか楽しいことでも落ちてないかな〜!』
『だって〜…授業は暇なんだもん!』
なんか違うな。
つぶやく感じのほうがいいかもしれない。
『だってぇ〜…授業は暇なんだもん〜…』
部活動終了のアナウンスが流れる。
大体の部活はこのアナウンスを聞いて片付けを始める。
私はその音を聞きながら台本を片手にほとんど入っていない鞄を持って部室をあとにし、教室に向かった。
教室に置いてあるメトロノームをつける。
カチ、カチ、カチというテンポを聞きながら私は誰もいない教室でノートを開く。
「アメンボ赤いなあいうえお、浮藻に小エビも泳いでる、柿の木栗の木かきくけこ、きつつきコツコツかれけやき、ささげにすをかけさしすせそ、その魚浅瀬で刺しました!」
言えた…!
初めて言葉を発することができた子供のように喜ぶ。
だんだん日が傾いてくるが、もうすぐ夏ということもあり空はまだまだ明るい。
視線を下げると、数人の男子が渡り廊下にある自動販売機で飲み物を買っている。
そのうちの一人が手を振り、皆のもとを去っていった。
目を凝らしてよく見てみる。
バスケ部のエース。つまりあの集団はバスケ部か。
ということは…
無意識に木々飛くんの姿を探してしまっていた自分に気がつき顔が熱くなる。
知らないふりをしていたはずなのに再び探してしまう。
「あっ…!」
そしてついに探していた姿を見つけた。
と思った途端、視界から木々飛くんが消えた。
多分どこかに行った。帰ったのかな。少ししか見えなかったな。
そう思って視線を台本に戻し、練習を再開する。
今度は台本を持って少し大きな声で言ってみる。
初めの方はあんまり楽しくないしな。
そう思って最後の方のページをぱらぱらとめくる。
こうやって見てみるとやはり主役はセリフの量が多い。覚えるだけで一苦労だ。
最後のほうのページまでめくると、あるセリフに目を奪われた。
「私、勇斗くんのことが好きです……」
"好きです"と言う言葉に引っかかり、体中が熱くなる。
なんでこの言葉でこんなに恥ずかしがってるんだろう。
自分がバカバカしい。
ちらりと先程木々飛くんがいたところに目を向ける。
はっとなり首をブンブン振り、両手で頬を抑える。
なんでこんなに暑いの。
好きといっても、高校生の恋愛なんて底が知れている。
かっこいいと思ったり、優しくもらっただけで"好きかも"と考えてしまう年頃なのだ。
ぐるぐると頭の中で考えても、意味はない。
たった一時でもいいから付き合うという幸せを感じてみたい。
高校生の好きでも好きに変わりはないんだから。
「難しいよ…」
そう言いながら机に顔を埋める。
少し長く伸ばした髪が顔を覆い隠す。
いろんな音が聞こえる。教室は無駄に静かだからだろうか。
野球部の挨拶の声、陸上部が片付けをする音、木が揺れる音、セミの鳴き声。そして
「えっ、ちょっと待って!大丈夫?」
木々飛くんの声。
え?木々飛くんの声…?
恐る恐る顔をあげる。
「えっ?」
「ちょっと失礼」
そう言って木々飛くんは私の顔をのぞきこむ。
整った顔にほんのりと焼けた肌。さらさらな髪や柑橘系の香りがふわりと肌を刺す。
今までにない距離に心臓が速く大きく動く。
「良かった、泣いてない」
そう言って木々飛くんはふわりと笑う。
いつもの笑顔とは違う、優しい笑顔。
それが今、私だけに私のために向けられている。
顔があつい。
セミの音がうるさい。
もしかして自分を心配して来てくれたのかも、なんて。
そんなことあるはずないのに。
もしたとえそんなことがあったとしたらもう一つ上の可能性を期待しちゃうよ。
「もしかしてだけど、私が泣いてると思って声かけてくれたの…?」
窺いながら尋ねる。
自意識過剰なのかもしれない。少しだけでも夢を持っていたいのかもしれない。
夕焼けの色が窓から木々飛くんの顔を照らす。
"違うよ。君が好きだから。"
「えっ?!そんなのそうに決まってるじゃん!!」
まぁそうだよね。少女漫画じゃあるまいし。
心配してくれただけで嬉しいけど。
けど、"それ以外の感情はありませんか?"
なんて。聞けるはずもない。
だって、そもそもわたしのことを覚えてなんて。
「大江さんが部活の練習してるの見てたよ」
木々飛くんがポツリとつぶやく。
その言葉に私は無意識に顔を上げていた。
「すっげーかっこよかったし、上手かった!!」
「え、なんで」
"私のことを覚えてるの"
そう言おうとしたら木々飛くんはまたすぐに口を開いた。
私の疑問は心の瓶に詰め込んだ。
「なんて、上手かったとかなんで上から目線なんだよって話だよな!でも、それくらい感動した」
「ありが、とう…」
「なんかで発表するやつ?」
「うん、文化祭の演劇部公演、だけど」
動揺を隠せない。
動揺しているはずなのに頭の中は無駄に冷静に物事を処理してしまっている。
"私が主役するから見に来てくれない?"
思っても言葉には出さない。
でも、言いたい。見に来てほしい。木々飛くんがくるなら私頑張るから。
「へ〜!そうなんだ!それって俺も見に行っていいやつ?」
「へ?大丈夫だけど…」
「じゃあ俺、見に行く!!」
やっぱり、木々飛くんはずるい。
そんなかっこいいのに平気でそんなこと言えちゃって。
そんなにかっこいいんだから他の人に言ってあげなよ。
台本の文字の上に線を引き、シャーペンで文字を書く。
"私、木々飛くんのことが好きです"
また一つ、目の前のことから目を背けた。