「つっめて」

 浜辺へ着くやいなや裸足になったアオは、犬のように波へ駆けた。

「寧々も入れよーっ」

 パシャンとひと匙の水を放られて、私もサンダルを脱ぎ捨てる。

「冷たいっ」

 眺めていれば、爽やかな青。けれど触れてみれば、そこだけ冬を思わせる。
 ゆっくりと膝あたりまで侵入し、真っ直ぐ伸びた水平線を見やる。端から端まで一直線。アオがその一画を指さした。

「寧々、向こうにあるものはなに?」

 彼が求めている答えは、つい先ほどの会話を思い起こせばすぐに出る。

「アメリカでしょ」
「そう、アメリカ」
「でもカナダもあるんじゃない?」
「んー。カナダはもう少し上の方かな」

 少し北に向いたアオの指。それが今度は真下をさす。

「この波も、遠くアメリカから来てるんだよ」

 風もアメリカ産ならば、私たちが今浸かっている海も然り。そんなことあり得ないと思うけれど、そう思おうとすれば、そう思えなくもなくなってくる。

「なんか、ウケる」
「え、ウケる?」

 アオは本当、すごい人なのかもしれない。

「アオの発想ってさ、人とはちょっと違うよね。空気を掴む件もそうだけどさ、風の出どころとか、波がどこから来たのかとか。私じゃ思いつかないことばっかりだよっ」

 風変わりだとか変わり者だとかそんなのではなくて、彼が生まれ持ったその感受性は、羨ましいとすら感じてしまった。
 海を沖へ向かって蹴って、アオは言う。

「また来いよ海ー。これは日本からのお返しの飛沫だ〜」

 そんな馬鹿げた行為も、えいえいと懸命に蹴り続ける彼を見れば、そんな気になってくる。

「えいっ」

 だから私も真似をした。

「アメリカに届けっ、日本産の海〜っ」

 バシャバシャと弾ける水飛沫が私たちふたりを囲って包んで。なんだか世界と繋がった気がした。