何時だと待ち合わせ時間を決めなかったアオとのデートはてっきり昼以降だと思いこんでいたのに、彼は朝早くのインターホンを鳴らしてきた。

「もうっ。やっぱ昨日送ってもらうんじゃなかったあっ!」

 はじめましての相手に自宅の場所を教えた昨晩の自分に怒鳴るが、もう手遅れ。アオはにししといたずらな顔で玄関前に立っていた。チリンと鳴らす、手元のベル。

「乗れよ、俺のバイク」
「バイクって……それただの自転車じゃん」
「まあ、そうとも言うけど」

 パンパン、と荷台を叩かれて、荷物も持たずにそこへ尻をつける。

「またスピード上げるかもだから、ちゃんと俺を掴んでて」

 その言葉でアオの腰に両手をまわせば、彼はシートベルトの緩みを確認するようにその手を一度握っていた。

「よしっ。じゃあ走るよっ」

 アオがペダルを踏めば、景色がゆっくり動き出す。

「出発っ」

 どうしてわくわくしているんだろう。


「わあ、きれーいっ!」

 自転車を走らせること二十分。着いた先は鮮やかなひまわり畑だった。わあきゃあとはしゃぐ私の傍、アオが言う。

「ここ来たことないの?」
「うん、ちっとも知らなかった!こんな場所があるなんて!」
「そっか」
「アオはよく来てるの?」
「昔は時々家族でね」
「ああそっか。高校生にもなっちゃうと家族で出かける回数も少なくなるもんね」
「うん」

 その「うん」が少しだけ寂しそうに聞こえたのは、私の気のせいだろうか。

 暫くアオとは会話もなく黄色の中を進んだ。ビタミンカラーに囲まれれば元気がもらえるはずなのに、彼の顔は浮かなかった。

「アオ?」

 その顔を覗き込むように名前を呼ぶと、アオは湿っぽく微笑んだ。

「こんなに元気そうなのに、どうして夏しか咲けないんだろう」
「え」
「夏が終わればもう、このひまわりたちとは会えないんだよね」

 アオのその観点は、私にはないものだった。太陽に向かってこんなにも明るく咲く花を見て切ない顔を作る人など、今まで見たこともない。
 何と返そうか束の間迷ったが、私は無難な答えを取り出した。

「また来年会えるよ」

 だってひまわりは、毎年咲くから。

「来年の夏がくれば、また会えるでしょ」

 でしょ、と語尾を強めるが、アオの顔はまだ曇り空。ポケットに手を突っ込んだ彼は足元の土をサンダルの先端で少し抉っていた。

「じゃあさ、寧々は今からでも勇気を出せば、好きな人に告白できるの?」

 貫くような視線だった。

「その好きな人とは来年でも再来年でも会えるの?告ろうと思えば告れるの?」

 自宅の最寄り駅、向かい側のホーム。そこにいつも立っていた彼はある日突然消えた。学生服ではない彼はおそらく社会人。転勤をしたのかそれとも引っ越しか。彼の名前も知らない私には、所在を知り得る術がない。

「で、できないっ」
「でしょ?」
「でしょって……私の好きな人が誰かも知らないのにテキトーなこと言わないでよっ」
「……ん」
「しかもなんでそれがひまわりと関係あるの?」

 よく意味がわからなかった。私はただ、来年も夏になればひまわりを見られるよと言いたかっただけなのに、アオには湾曲して届いてしまった。