「寧々、好きです」

 私の隣の砂へ腰を下ろしたアオは、さらりと吹く潮風のような口調でそう言った。

「俺の彼女になって、寧々」

 度の行き過ぎたナンパ。人は意表を突かれると逆に冷静になってしまうのだと知る。

「やだ」
「えー、ケチ」
「ケ、ケチ?ケチってなにその言い方っ」
「夏だけでいいから、お願い」
「やだよっ」
「じゃないと俺、頑張れない」

 頑張れない、何を。そう疑問に感じたが、これは同情を買いナンパを成功させる一種の戦略だと判断し、問い詰めることはしなかった。

「私、今辛いから無理」

 ならば逆に同情されて、「ごめん」と去ってくれればいいと思いそう言ったが、アオは「なんで?」と無遠慮に掘り下げてきた。

「好きな人に告白できなかったから」
「勇気が出なかったってこと?」
「そうじゃん?きっかけばっか探って行動できなかった」
「ふうん」
「だから今反省真っ只中なのっ。ほっといてっ」

 自宅の最寄り駅、向かい側のホーム。私服姿の彼はいつもそこに立っていた。一年もの間視線を送り続けていたけれど、一度として目が合うことなく、彼はある日を境に突然姿を消した。存在にすら気付いてもらえぬまま終わった恋、始まりもしなかった恋。勇気の一歩も出さなかった自分が癪に障る。
 きっぱりとお断りをした私の隣、アオは頭を掻いていた。

「じゃあ互いに癒しあおうよ。俺も今辛いし」

 またもや爽やかな口調でそう言われ、それは嘘だと思った。けれど気付けば「なんで」と聞いていた。

「それは内緒」
「は?じゃあ嘘じゃん」
「嘘じゃないよ。だから俺には寧々が必要なんだ」
「絶対嘘」
「ほんと」
「嘘」
「ほんと」

 嘘とほんとのやり取りを何度かして、私が先に口を噤む。終わりの見えぬ会話に話すことを諦めただけなのに、アオはそれを了承とみなしてきた。

「じゃあ寧々、夏の間よろしくね」

 そう言って、彼が私にしたのは優しいキス。避けきれなかったのか、避けれたけど避けなかったのか。困惑の中でもそれを受け入れてしまったことは事実だ。