ザザンザザン、ザザンザザン。

 寄せては返す波音を耳にして、流れる雲を瞳へ映す。何を聞こうとしなくても、何を見ようとしなくても、アピールすれば感じられるのだなと思ってしまえばまたもや溢れて出ていく後悔の涙。
 伝えるチャンスなんていくらでもあったのに、どうして私はしなかったのだろう。

「ばーかばーかっ。ほんっとに自分のばーかっ」

 滲む空にひたすら愚痴を吐いていたその時だった。ぬっと目の前に現れた、ひとつの影。

「だ、誰!?」

 他人に顔を覗き込まれるなど初体験。驚きのあまり、上半身がバネのように跳ね上がる。面前にいたのは私と同い年かそれより少し上か、そんな見た目をした男の人だった。

「だ、誰っ」

 再度そう聞けば、彼は答えた。

「誰って、アオだけど」
「ア、アオ?」
「うん。瀬戸(せと)アオ。アオって呼んで」

 私の発した「誰」は、名前を聞いたわけでは決してない。けれど律儀にフルネームを教えられてしまえば、こちらもつられて形式ばった自己紹介をしてしまった。

「み、水野寧々ですっ」
「寧々ちゃん」
「寧々でいいっ」
「じゃあ寧々」

 にかっと微笑まれて、私もビターな笑顔で返す。一体なんなんだ、この出逢いは。