チリンと自転車のベルの音が聞こえた気がした、九月の朝。
 通り行く他者のベルかそれとも今さっきまで見ていた夢の中での出来事か。玄関に駆けて出るがそこには誰もいない。

「アオ……」

 空っぽなそこを見て、がっかりした。アオはいない、もういない。彼はアメリカへと旅立った。

 駅のホームで電車を待っている間、アオがいたであろうその場所に彼を描けば頬には涙が伝っていく。それを拭って、空を見上げて。

「頑張れっ」

 そう呟く。


 海には毎日訪れた。肌寒い季節も、凍える季節も、麗かな季節も、そしてもちろん夏も。水平線の向こうからやって来る風に思いを馳せて。

 一年二年が経ち、次第に大きくなるのは好ましくない方の五十の数字。半々だった確率の一方がどんどん膨らめば、もう片方は縮まるだけ。三パーセントに近いところまで追い込まれてしまえばもう、あとがなくなる。

「違うっ」

 嫌な予想をしてしまう度に何度だって自分へ言い聞かせた。

「アオは生きてるっ」

 何回も手術をしているのかもしれないし、リハビリに勤しんでいる最中かもしれない。頑張っている彼を勝手に殺すんじゃないって。