「寧々は三パーセントをどのくらい信じられる?」

 三パーセント。それはどこかで聞いた確率だった。

「三パーセント?」
「三パーセントと残りの九十七パーセント。寧々だったらどっちを信じる……?」

 アオの瞳のその奥、困っている自分と目が合った。間違えた答えを言ってはいけない。そんなプレッシャーが伸し掛かる。

「ええっと……」
「やっぱり九十七パーセント?」
「ちょっと待って、今考えるっ」

 こんなの考えずとも、万人皆が九十七パーセントに手を挙げるに決まっている。だけどアオはきっと三パーセントの答えを欲しているのだと思った。ならば私の答えはこれしかない。

「三パーセント」

 はっきりそう言うと、アオが「なんで?」と片頬だけで笑う。咄嗟に思いついた理由は人口が多いこの世界で起きた奇跡。

「だって今こうしてアオと私が一緒にいること自体、三パーセントよりも低い数字の確率じゃん。世界にはこれだけ大勢の人がいるのに、私たちはこれから一緒に花火を見られるんでしょう?アオがなんの確率の話をしているのかわからないけど、三パーセントの方に良いことがあるなら、私は三パーセントの奇跡を信じたい」

 その瞬間、私の手に重ねられていたアオの手がパサンと砂に落ちていった。白目を広げた彼の瞳が滲み出す。

「俺、アメリカ行くんだ……」

 次に広がったのは私の瞳。アオの手を追うように、砂へ着く手。

「嘘、でしょ……?」

 信じたくなくてそう聞くけれど、アオは沖に視線を逃し続きを話す。

「もう飛行機のチケットも手元にある。俺は夏が終わると同時にアメリカに行く」
「どうして……?」
「ちょっと、用があって……」
「用?じゃ、じゃあその用事が終われば帰ってくるの?また会えるの?」
「俺だってまた会いたいけど……」
「けど、なに?私待ってるよっ」
「寧々」
「私、アオが帰ってくるまで待って──」
「寧々!」

 言葉を遮り強く呼ばれた名前。アオの強い瞳がこちらを向いて萎縮する。ごくりと喉仏を動かしてから、またあの数字を口にする彼。

「三パーセントの確率でしか、俺は帰ってこられないんだ」

 三本の指が胸元で立ち、私はそれとアオを交互に見た。

「寧々はそれでも俺を待ってくれるの?待ってても無駄かもしれないんだよ」
「無駄って……」
「九十七パーセントの確率で、俺等はもう二度と会えなくなる」
「そんな、なんで……」
「だったらこの夏だけ楽しく過ごして、ばいばいした方がよくない?」

 次々と捲し立てるように言われて混乱していく。
 たったの三パーセント。奇跡だとか偉そうに言っておいて、その途端にそんなもの起こり得ないとさえ思ってしまった。九十七という圧倒的な数字が、三を霞めていく。

「わ、私は……」

 でも、それでも、アオとさようならは選びたくない。

「私──」

 心が決めきれないままとにかく言葉を発そうとするが、それはドンッという大きな花火の音がかき消した。ドンドンと立て続けに打ち上げられる夜空の花。盛大なオープニングが始まってしまえば、会話をするのは困難になった。
 花火の明かりに照らされて、アオの哀愁満ちた顔が確と見えた。

「寧々」

 その憂い表情とは一致しない綿毛のような口調で私の名を呼んだアオは、優しく私を引き寄せた。夏より熱い彼の胸元に(うず)まれば、一生ここにいたいと思ってしまった。

 アメリカなんか行かないで。ずっと側にいて、お願い。

 私がそう言えないのは、十七歳の高校生だから。幼き頃と変わらずゲームには夢中になれるけれど、もうあの頃のように身勝手な我儘は言えない年齢だ。

 赤い彩色柳が雨のように降り注ぎ、海を真っ赤に焼いていた。圧巻の光景に賞賛の拍手がそこかしこでわき上がると、一度戻った空の静けさ。そして今度はひとつずつ丁寧に咲いていく。

「アオ……」

 こんなにも悲しい気持ちで見る夏の風物詩は初めてだった。