夕暮れが近付いて、アオはいつもの海岸へと向かう。浴衣姿の人たちが目立てば、思い出された夏の風物詩。

「あ、そういえば今日、花火大会か」

 薄暗がりの中、カランコロンと人々の足元で奏でられる下駄の音。ペタペタとビーチサンダルを履いている人も多く見えた。

「私たちはどこで見るー?」

 海上で打ち上げられる花火はどこからでも見易い。この日のために設けられた会場に腰を下ろす人もいれば、レジャーシートを持参し砂浜で寛ぐ人もいる。

「やっぱ砂浜?空いてるし」

 私がそう言うと、アオもうんと頷いた。

「砂浜で遊びながら見よーっ」


 浜辺へ着き何をして遊ぶのかと思ったら、アオは山を象った砂の上、一本の枝をさした。

「山崩し、やったことある?」

 ドカッと座るアオの前、その枝を挟んで私もしゃがみ込む。

「あるよ。小さい頃」
「じゃあ最初は寧々からどうぞ」

 彼のゴーの合図で、私は山の傍を慎重に掬った。

「はい、アオの番」

 次は彼、その次は私。高校生だろうが小学生だろうが、ゲームはいつでも真剣勝負。自然と私たちの口数は少なくなる。
 砂山が段々とその姿をなくしていけば、枝は斜めに傾いた。

「これはセーフ?」

 暫く枝ばかりに落としていた視線を久しぶりにあげれば、切なそうな瞳をしたアオと目が合った。

「アオ?」

 思わず伸びた手が、彼の頬にそっと触れた。幾らか彼の顔についた砂でさえ、夏だと思えた。
 私の手に自身の手を重ねたアオが言う。

「どうしよう、寧々……」
「どうしよう?」
「俺、この夏が終わっても寧々といたくなっちゃった……」

 その刹那、アオがこのまま消えてしまうのではないかと思ったのは、絶え入るような声だったから。

「今年の夏が終わっても、俺は寧々の隣にいたいよ……」

 どうして急にそんなことを言ってくるのか。アオの言葉の裏に隠された意味はわからなかったけれど、とりあえずは最初に浮かんだことを言の葉に乗せてみた。

「ずっと一緒にいればいいじゃん、夏が終わっても」

 ひまわりがまた開花するように、私たちはいつでも会える。互いに会いたい気持ちがあれば、難しいことではない。

「秋がきても続けようよ、私たちの関係」

 涙で始まった今年の夏休みは、最悪最低になる予定だった。一歩も踏み出せなかった自分を責めて、嘆くばかりの毎日を送るのだとばかり思っていた。だから私は、アオにすごく感謝しているんだ。この夏を、私の日々を、彩ってくれてありがとうって。アオと出逢って恋をしたから、こんなにも充実している。

「ねえアオ。もう私たち、癒しあうだけの仲じゃないよね?私はアオのことが本気で好きだよ。夏だけなんて言わないで、私をずっとアオの彼女にしてほしい」

 毎朝迎えに来てくれて、キスをくれて、楽しませてくれる。彼の態度から本物の愛を感じていた私には自信があった。私はアオにとって、遊びの恋人なんかではないと。暑い季節が終わっても、この関係は続くのだと。
 だけど彼は、その瞳から切なさを払拭しなかった。