瀬戸アオの朝は早い。

「おはよ、寧々」

 今日も自宅前、チリンと鳴るのは自転車のベル。早朝のインターホンを注意したその日から、彼の到着合図はこれになった。私はこの夏、ずっと彼といる。

「おはようアオ。今日はどこ行く?」
「今日は夏を探しに行く」

 相も変わらず、彼は独特で個性的。挨拶代わりのキスをして、自転車の後ろに跨ればいつも別世界へ連れて行かれる。

「夏ってたとえば?」

 ペダルを踏むアオの背中にそう聞くと、彼の眩しい横顔が空に映えた。

「たとえば今聞こえるものとか」
「ああ、蝉の鳴き声」

 ミンミンとそれは暑さを助長し普段は喧しいと思うけれど。

「これは全部オスの鳴き声なんだよ。結婚相手に俺はここだよって知らせてる」

 アオがそう言うから、全てが貴重な愛の叫びに聞こえてきた。
 走り出して数分。もうわくわくし始めた私は自分の知らない夏をもっと知りたくて、愛しているが飛び交う中にそれを探す。

「あ、あの家風鈴出してるっ」
「うわ懐かしっ、俺のばあちゃんちみてえ」
「麦わら帽子は?」
「それも夏だな」
「あとはーカブトムシッ」
「おい、それ本当に見つけてから言ってる?」

 ううんと横に首を振ると、アオは「じゃあ風鈴以外は却下」と言ってきた。そしてかける急ブレーキ。

「え、どうしたの?忘れ物?」
「寧々、今暑い?」
「うん、暑いけど」
「走ってた方が涼しい?」
「うん」
「風に吹かれていたいってのも夏っぽいよな」

 ははっと笑って、また走らせる自転車。
 どうしてこれだけで、胸がキュンと締め付けられるのだろう。

 虫カゴを携え駆ける少年。
 かき氷と書かれたのれん。
 誰かがまいた打ち水の跡。
 揺れる空気。
 好んで行くのは日陰の道。
 避けたくなるのは太陽の下。

 庭先でのスイカ割り。
 校舎の傍、吹奏楽の音。
 扇風機の風で揺れる(すだれ)
 湿った空気、じめじめしている。

 そこら中に溢れている夏は、まるでカラフルな飴玉のように違う色をしていた。
 日焼け止めを塗り直したくなる肌は焦げていて、触れば汗で濡れている。いつの間にやら蚊に喰われていた脹脛を掻いていると、アオは「俺も」と二の腕を掻いていた。
 ただ見慣れた田舎町を自転車で走っていただけ。だけどそれが新鮮だった。ただアオと夏を探していただけ。それが楽しかった。