一頻り遊び終え、浜辺でごろんと寝そべる。はあはあと忙しそうに動く腹部に乗せていた私の手は、アオがそっと自身の胸元へ奪っていった。青空を眺めがら会話をする。

「なんか不思議っ。私昨日、この海に向かって文句ばっか叫んでたのにっ」
「あははっ。泣いてたしね」
「なんかそんなの、もう遠い過去の出来事みたいに思えちゃうくらい、今日がすっごくキラキラしてるっ」
「昨日なんて遠い過去だよ。もう戻りたくても戻れない十年前や歴史の中と一緒。俺等が掴めるのは未来だけ」

 その言葉にまたグサッと刺激されて、嬉しくなる。ころんと寝返りをうち、アオを見る。

「アオの言葉のチョイス、好き」

 すると彼も私に身体を向けた。

「今でもあいつのこと好き?」
「え?」
「昨日の涙は失恋の涙?」

 フりフられが交わされなかった恋に失恋という言葉を使っていいものかと一瞬悩んだけれど、失う恋と書いて失恋と読むのならば、これも立派な失恋だと思い、頷いた。

「けど、違う」

 けど今でも私はあの人が好き。それだけをとって言えば、違うと思った。

「どちらかと言えばあの涙は、後悔の涙かな」

 叶わなかったことよりも、叶えようとしなかったことへの未練。その気持ちが強かった。

「丸々一年間も大切にしまってきた想いの行き場が急になくなっちゃったから、どうしていいのかわからなくなっちゃって。もし相手にこの気持ちをちゃんと伝えていたら、違ってたと思うんだ」
「ふうん」
「だから次の恋は頑張りたい」
「え?」
「次の恋は突然相手がいなくなって終了ーみたいな恋じゃなくて。たとえ相手が目の前からいなくなったとしても、心で繋がっていられるような関係でいたい」
「ははっ。いなくなること前提なの?」
「もちろん一番いいのはずっと側にいることだけど、こんな田舎じゃ、みんな都会に出て行ったりもするでしょ。遠距離恋愛必須だよ」
「まあそっか」

 うんうんと納得したアオは、私から視線を外してまた仰向けになる。私はまだ、彼から目を離せない。

「アオの『辛い』はなんなの?」

 物憂げに見えたアオの横顔に、昨日内緒で終わった話を聞きたくなったからそう聞いた。

「私の『辛い』は行き場を失った想いだけど、アオの『辛い』はなに?アオにも辛いことがあったから、はじめましての私に癒しあおうって言ったんでしょう?」

 たった二日間しか関わっていないのに変だとは思うけれど、このたった二日間で、私は昨日聞き流せていたことが聞き流せなくなるほどに、アオを知りたくなっていた。
 ひとつふたつ間を空けて、アオの重そうな口が開く。

「兄貴」

 まるでアオの空だけには、その人がいるような眼差しだった。遠い空の先を見て、アオは続ける。

「兄貴が死んだんだ。病気で亡くなった。まだ若かったのに、まだまだこれからだったのに……」

 その酷い真実に、むくりと上半身を起こしアオを見下ろせば、彼の瞳が潤んでいることに気付く。

「アオ……」

 アオの胸元で握られた手で感じるのは、彼の速い鼓動。今にも泣いてしまいそうな彼を抱きしめたくなった。

「アオ」

 抱きしめる代わり、もう一方の手でアオの頭を撫でた。だけどそれは彼が振り払う。

「ごめん寧々。優しくしないでっ」

 腕で双眸を隠して、必死に堪えて。

「今優しくされたら俺、絶対泣く」

 そんな弱いアオを見てしまえば、もう居た堪れない。

「泣いてよ、アオっ」

 身体が勝手に動くというのはこのことで、気付けば躊躇いも何もなく私はアオを抱きしめていた。彼の心に空いた穴を少しでも分かち合いたいと強く願えば、彼の悲しみが私の中にも浸透して、少しだけ空洞ができた気がする。その分彼の穴が幾らか塞がればいいのにと思った。
 昨日出逢ったばかりのアオと私。そんなふたりが震える唇でした二度目のキスは、潮のようなしょっぱい味。

 次の恋。それはすぐそこにあった。けれどこの恋はとても儚いものだった。