たっぷり沈黙したあとおもむろに立ち上がったローガンは、フレイヤを抱え上げ、寝台へと大股で足を進めた。
 途端に、今度はフレイヤの方がドキドキして、頬が熱くなってくるのを感じる。

(私とローガン様は好き合っていて、夫婦としてなんの問題もないわけで……ええと、今日こそ真の意味で“夫婦”になるということよね……?)

 そっと慎重に、寝台に降ろされる。

 目が合うと、ローガンの精悍に整った顔が近づいてきて、優しく唇が重なった。
 角度を変えながら、何度も何度も熱が触れる。

 やがて柔く唇を食まれ、より一層鼓動が速まった時──ローガンはすっと離れていった。

「…………寝よう」

 提案というよりは宣言だった。

 明かりを消して寝台に入ったローガンは、フレイヤを抱き寄せる。
 間近に触れ合って横になるのは初めてで、とても眠れそうにないほど心臓がうるさかった。

 フレイヤを抱きしめたまま、寝る態勢に入ったのか動かなくなるローガン。
 フレイヤはドキドキしながらも、一抹の不安を抱いて声をあげる。

「……あの、ローガン様」
「なんだ?」
「いえ……なんでもないです」

 思いが通じ合ってもなお、何もしないというのは……もしや、自分には女性としての魅力が足りないのだろうか。
 しかし、尋ねるのも恥ずかしい気がして沈黙すると、ローガンは少し腕を緩め、フレイヤを真っ直ぐに見つめた。

「言いたいことがあれば、なんでも言ってほしい」
「ええと……その……」

 さんざん目を泳がせたあと、フレイヤは思い切って、蚊が鳴くような声ではあるが切り出す。

「……しない、のですか?」

 言い終えた途端、意味を正確に把握したローガンが、ゴホッとむせた。

「……しない!」
「私……そんなに貧相でしょうか……」
「ち、違う! これは俺が俺に課したけじめだ! せめて傷が治るまでは何もしない……!」

 もう寝ろ、と頭を胸元に抱え込まれて、彼の胸にぴったりくっついた耳から、速い鼓動を刻む心音が聞こえてくる。
 ローガンもドキドキしているのだと思うと、それだけでなんだか幸せだった。

「ローガン様」
「……今度はなんだ?」
「明日は、色々お話しましょうね」
「ああ。これまでのフレイヤのことを、まだまだ聞きたい」
「私も、私が知らないローガン様のことをたくさん聞きたいです」
「そんなに面白い話はないと思うが……なんでも話そう」
「楽しみにしています」
「俺もだ」

 しばらくの沈黙のあと、額に優しくキスが落とされる。

「……おやすみ、フレイヤ」
「おやすみなさい、ローガン様」

 フレイヤが仮初妻を卒業し、ローガンが仮初夫を卒業した最初の夜は、こうして穏やかに更けていったのだった。