事後処理は王太子や他の騎士団員が行うとのことで、フレイヤはローガンに抱えられたままアデルブライト家の馬車に乗り込んだ。
コネリー侯爵は目立たないようにと裏口に馬車を回してくれていて、好奇の目に晒されることなく密かに会場をあとにする。
アデルブライト家別邸に帰ると、事件の一報が既に入っていたらしく……。
マーサ、エヴァ、ベラが悲壮な顔で走り寄ってきたので、フレイヤはちょびっとしか怪我をしていないのがちょっと申し訳なくなりつつ、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。
「マーサ、ベラ、風呂の準備を」
「はい」
「エヴァ、包帯を用意してくれ。薬は王室の侍医からもらっているから不要だ」
「かしこまりました」
ローガンはフレイヤを抱えたままテキパキと侍女に指示を出し、彼女たちに続いて2階へと上がっていく。
このままお風呂でも抱えられていたらどうしようかと少し不安になるが、ローガンはフレイヤを浴室の椅子に下ろすと、自分も湯浴みするために退室したのでほっとした。
「フレイヤ様、お怪我は……」
「手と足の裏にちょっとだけだから、本当に大丈夫なのよ、エヴァ。ただ、擦ると痛そうだから、水でそっと洗い流すだけにしておきたいわ」
「かしこまりました」
「……心配かけてごめんなさいね」
幼い頃からやんちゃしてきたフレイヤだったが、こんな事件に巻き込まれるのは流石に初めてのことだった。
いつもより硬い表情のエヴァに謝ると、「ご無事で……本当によかったです」と微かに震える声が返ってくる。
誘拐騒ぎの時は、悪役よりも悪役らしいローガンの「刻む」発言などがあり、なんだか泣くという発想すらもなかったのだが、家に帰り心底ほっとした今になって涙腺が緩んできてしまった。
「お嬢ざま……!」
「もう、お嬢様じゃなくて奥様よ」
「おぐざま……!」
いつもポーカーフェイスのエヴァが涙目になったことに釣られたのか、ベラも泣き始め、フレイヤも涙を浮かべる。
「あらあら」
微笑みながらマーサがフレイヤの涙を拭いてくれるけれど、彼女の目も少し潤んでいた。
4人とも鼻をすすりながら湯浴みを終え、怪我した方の足をつかないようエヴァに支えられて寝室のソファに座る。
しばらくすると寝室の扉がノックされ、同じく湯浴みを終えたローガンが入ってきた。
侍女たちが退室し、寝室には2人きりとなる。
「フレイヤ、傷の手当てをしよう」
王太子に呼びつけられた侍医からもらった軟膏を片手に、ローガンはフレイヤが座るソファの隣に座る。
「手を」
「はい」
切れてしまった右手の方を差し出すと、慎重に薄く軟膏を塗ったあと、包帯を巻かれる。
騎士は基本的な手当てもできなくてはならないので、その手付きは慣れたものだった。
「次は足だな」
「えっ、と……」
好きな人に足を差し出すというのはどうにも気恥ずかしく思えてフレイヤが固まっていると、ローガンはソファから降りて片膝をつき、フレイヤの足をそっと持ち上げる。
「ローガン様……!」
「俺が至らなかったばかりに怪我をさせてしまったんだ。せめてこれくらいさせてくれ」
「いえ、でも、これは私が勝手に木に飛び移っただけで……」
口に出すと、自分の行動は既婚者としても令嬢としてもあり得なさすぎるもので、恥ずかしい。
しかしローガンが「俺がそばにいれば、あと少し早く助けに行けていれば、こんな怪我せずに済んだだろう」と後悔を滲ませて呟くから、フレイヤはそれ以上何も言えず沈黙した。
「……これでいい。しばらくは朝夕、傷口を洗って軟膏を塗る」
「はい……」
この口ぶりだとおそらく、ローガン自ら治療をする気なのだろう。
彼は図々しくも3ヶ月の休暇を望んだが、さすがにそれは長すぎるとのことで、3週間の特別休暇が与えられた。
数日もあれば傷は治るはずだから、完治までしっかり見守られそうだ。
ローガンが軟膏や包帯を片付ける間に沈黙が降りる。
お互いに一番肝心な思いは伝え合うことはできたが、まだわからないことが多く、何から確認すればいいのかもわからない。
あれこれと考え、フレイヤは1つ目の質問を切り出した。