「しかし……」

 再び面白そうな顔になった王太子は、フレイヤとローガンを交互に見やった。

「その様子だと、上手くやれているのか? 近頃ローガンがこの世の終わりみたいな顔をしていたから、てっきり大喧嘩でもしたのかと思っていたが」
(ローガン様が、この世の終わりのような顔を……?)

 一体どんな顔なのか気になる。
 そして、“近頃”というと、フレイヤにキスやらをしてから帰ってこなくなった約1週間のことだろうか。

「大喧嘩、というわけでは……」

 歯切れ悪く言うローガンを見て、王太子は笑みを深めた。

「ではなんだ? 夫人に愛想を尽かされそうになっていたのか」
「……そんなところです」
「いえ、あの……私はただ、ローガン様と話をしたかっただけなのですが」

 フレイヤがそう言うと、ローガンはわかりやすくぎくりと身体を強張らせた。

「聞きたくない……が、君1人を守りきれずに、こんな騒ぎに巻き込んでしまった」

 唇を噛み締めたローガンは、悲痛な覚悟をにじませて続けた。

「……覚悟を決める。だからあと1ヶ月くらい待って──」

 さらに1ヶ月お預けをされるのは勘弁だ。
 遮られるより先に言ってしまえと、王太子や騎士など周囲に大勢いることには目を瞑り、フレイヤは端的に告げた。

「好きです」
「…………」

 フレイヤは、ローガンのこんなに気の抜けた顔を初めて見た。
 まさに“ぽかん”といった感じで、目は見開かれ、口も半開きになっている。

 王太子がくすくす笑う中、フレイヤはもうどうにでもなれという気持ちで、ローガンの頬を両手で挟んだ。

「身長や顔や筋肉はどうしようもできないという言葉の意味がよくわからないのですが……私は昔からずっと、ローガン様のすべてが大好きです。あなたはお姉様の婚約者で、お姉様のことを想われているのだとわかっていても……ずっと好きでした。今も、大好きです」
「…………」

 長い沈黙のあと、ローガンは王太子の方へ視線を向け、呆然と問う。

「殿下……これは、夢ですか」
「いや、現実だぞ」
「なるほど、やはり夢ですか」
「しっかりしろ、現実だ」

 王太子は呆れたように笑い、「ジン、ローガンを引っ叩いてやれ」と言うが、ジンに「王太子殿下のご命令でも絶対嫌です!」と断固拒否される。
 フレイヤがローガンの頬を軽くつまんでみると、ようやく「現実……」という呟きが漏れた。

「フレイヤ。俺がソフィア……様のことを想っているというのはよくわからない。俺が想う相手は、今も昔もフレイヤただ一人だ」
「えっ……うそ……」

 今度はフレイヤが呆然とする番だった。

「でも、そんな……ローガン様は、いつも私を睨んで……」
「睨んでいないと言ったはずだが」
「眼光鋭すぎるんですよ」とジンが半ば独り言のように零し、それに対しては間違いなく睨みが向けられていた。

 騎士たちの間から笑い声と口笛の音が聞こえ、恥ずかしいのにそれ以上に嬉しくて、フレイヤの頬が緩んでいく。

 と、ローガンの顔が険しくなっていき──同時に「……ったく」と王太子の呆れた声が響いた。

「ローガン、お前……顔が緩んで気持ち悪くならないようにしてるんだろうが、そんな険しい顔になるくらいならだるっだるに緩んだ顔の方がまだマシだぞ」
「……!」

 ローガンは衝撃を受けたようで、顔から険しさが引いていく。
 フレイヤも衝撃を受けて、ローガンと王太子を交互に見つめた。

「なるほどな。お前たちの間で何が起きていたかおおよそ察した。……フレイヤ夫人。そいつは君のことを溺愛している。詳しくは本人から聞くといい」
「は、はい……」
「おい、ローガン。お前には特別休暇をやる。奥方とゆっくり話して、今度こそ蜜月を過ごしてこい」
「ありがとうございます、殿下。それでは遠慮なく3ヶ月ほど──」
「いや、長ぇよ」

 王太子も思わず口調が崩れるあんまりな要求に、騎士たちがどっと笑う。
 フレイヤもおかしくなって笑いつつ、ローガンの肩に頬を寄せたのだった。