フレイヤの予想通り、夜会は若い令嬢やその父兄、有力貴族たちがひしめく豪華絢爛なものだった。

(これは……壮観ね……)

 言葉を失うフレイヤをローガンがそっと促し、2人は会場の中央へと進んでいく。

 そこでは、本日の夜会を主催するコネリー侯爵が、招待客たちから次々に挨拶を受けていた。

 若き侯爵は、見目麗しい貴公子という評判通りの人物のようだ。
 涼やかなシルバーブロンドの髪はゆったりと長く、シャンデリアの光を受けてキラキラと輝く。

 目は深く澄んだ海を思わせる深い青で、シャープで男性らしい輪郭はありながらも、「美人」と賞するのがふさわしい印象だ。

 にこやかに挨拶をする様子を見ていると、コネリー侯爵がふと、こちらへ視線を向ける。
 そしてふんわりと柔らかに微笑んだ。

(……なんだか、出会った日のローガン様を思い出すわ。寄宿学校に入られる前は、まだ線が細くて、華奢な王子様みたいだったのよね)

 懐かしい気持ちに浸っていると、ぐっと腰を抱き寄せられる。
 どうやら挨拶の順番が回ってきたようだ。

「やぁ、ローガン。久しぶりだね」
「……ああ」

 どうやら2人は知り合いらしい。
 ローガンはコネリー侯爵と打ち解けた……というよりはややぶっきら棒に、遠慮のない口調で話し始める。

「婚姻の時には顔を出せなくてごめん」
「いや、継承で大変だったんだろう」
「そうそう。国内外を飛び回っててもうバッタバタだったよ。……それで、愛しの奥様を紹介してくれないのかい?」
「…………」

 数秒沈黙していたローガンは、フレイヤをよりぐっと引き寄せながら「妻の、フレイヤだ」と短く紹介した。

 流石にこの挨拶の場面では「口を塞ぐ」宣言は無効だろうと判断して、フレイヤは礼をする。

「お初にお目にかかります、コネリー侯爵。ローガンの妻、フレイヤです。どうぞお見知りおきくださいませ」
「初めまして、フレイヤ夫人。ローガンには昔から親しくしてもらっているんだ。……遅くなったけれど、結婚おめでとう。今宵のパーティーを2人で楽しんでくれると嬉しいよ」
「ええ、ありがとうございます」
「ではな」
「うん、またね」

 挨拶待ちの人々がまだまだいるので、2人は侯爵のもとを離れる。

(侯爵様とはどういう関係なのかしら。聞いてみたいけれど……余計なことを言ってまた公衆の面前でキスされるのは避けたいわ)

 何がきっかけでローガンが暴走するかわからないので、フレイヤは沈黙を選んだ。

「何か食べるか?」
「…………」

「はい」くらいは言っても大丈夫だろうとは思ったが、話し合いの手段を封じられていることへの反抗で、黙ったまま頷いてみる。

 ローガンがほんのわずかに眉尻を落とすので、フレイヤは罪悪感を抱くのと同時に、胸の奥がきゅっとなるのを感じた。

(今日は睨まれていないせいかしら? それとも、ローガン様に嫌われていないようだとわかったから? なんだか彼の感情がちゃんと表情から伝わってくる気が……)

 口元を自分の手でガードして「食べます」と囁いてみると、ローガンは小さく頷いて、食事が並ぶテーブルの方へと歩を進めた。

 盛装のドレスなのであまりお腹には入らないが、用意されている食事はどれも美味しそうで、フレイヤは厳選しつつ口に運んでいく。
 果物にも手を伸ばそうとした時、会場内がにわかにざわついた。

(あれは……!)

 会場に入ってきたのは、壮年の男性1人と、2人の青年だ。

 先頭を歩く壮年の男性こそが、本日フレイヤがお目当てとしている人物の1人──ベリシアン王国宰相、フォンティーヌ公爵。
 白髪交じりの黒髪は60歳近い年相応だが、恰幅よく威厳あふれる姿に老いは感じられない。

 続く青年は、公爵家の子息たちだ。
 フレイヤの脳内に収まっている貴族名簿が正しければ、黒髪でやや冷たそうな雰囲気の方が嫡男のギデオン、栗色の髪で人当たりのよさそうな雰囲気の方が次男のサムエルのはずだ。

 ギデオンは24歳、サムエルは21歳で未婚。
 
 公爵でおまけに宰相という大貴族の子息なのに未婚なので、特に嫡男の方は訳ありなのではないかと噂され始めているが、それでも妻の座を狙う令嬢は多いことだろう。
 その証拠に、コネリー侯爵へ狙いを定めていた女性たちの一部は、2人の公爵家子息へ熱視線の先を移している。

(容疑者候補のうち、夜会に来ているのは──宰相閣下と財務大臣、開発大臣の3人ね。情報を得たいところだけれど……人前で悪巧みの話なんてするはずもないし、あとをこっそりつけてみるとか……?)

 コネリー侯爵に挨拶をする宰相とその息子たちをぼんやり眺めつつ考えを巡らせていると、ふと、頬にローガンの手が添えられた。

 そして、フレイヤの顔の向きを正面へと戻す。

「…………」
「…………」

 渋い顔をしたローガンは何も言わず、じっとフレイヤを見下ろした。

(……なんでしょう?)

 公開キスは避けたいけれど、意思の疎通は多少図りたい。
 フレイヤが口パクで疑問を訴えかけてみると、ローガンはわずかに瞼を伏せ、溜息を吐いた。

「俺は……最低だな」
(……?)
「話を聞きたくないと言葉を奪ったのは俺なのに……フレイヤの声が聴きたい」
(話を聞いてくださるならいくらでも喋りますけれど……!)

 絶望的なすれ違い具合に頭を抱えたくなりながら、フレイヤはせめて気持ちが伝わればいいと思い、ローガンにそっと寄り添う。

「……フレイヤ?」

 逞しい腕を半ば抱きかかえるようにすると、ローガンは空いている方の手で目元を覆って天を仰いだ。

(嫌がられてはいない……というか、喜んでらっしゃる、と思っていいのかしら。でも……ローガン様が私のことを想ってくださっているとして、一体いつから……?)

 ローガンは、フレイヤの姉、ソフィアに恋をしていたはずだ。

 だが、先日の言葉の言葉から、「ユーリを愛人として囲ってはどうか」という提案の時点で既にフレイヤのことも憎からず想っていた可能性が出てきた。

 結婚から2人はあまり会話もしていないので、その間にどんな心変わりがあったのかまったくわからない。

(ああ、早くちゃんと話したい……! けれど、情報も何か得たいし、お姉様は今、ローガン様のことをどう思っているのかも確認したいわ……)

 実妹でも、王太子妃教育の真っ最中であるソフィアに会うことは容易ではない。

 ローガンとのことで姉に複雑な思いを抱いていたこともあって、手紙も頻繁にはやりとりしていなかったから、姉が彼をどう思っているのかもはっきりしない。

 わからないことだらけだ。