──その夜。
フレイヤはあれこれと考えを巡らせるのに忙しく、紙とペンを手にソファに座っていた。
(夜会はかなりの規模でしょうから、ただぼーっと参加するだけでは情報を得られないわ。ソフィアお姉様を王太子妃にすることで得をする人は誰なのか当たりをつけて、その人や関係深い人をマークしないと)
高位貴族の名簿は、いくらじゃじゃ馬と言ってもきちんと教育は受けているので、頭の中に入っている。
(アーデン侯爵やフローレンス様には干渉しづらいなら……同格の侯爵家が怪しいかしら。でも、アーデン侯爵は知識人で、国外にも広い人脈を持っているというから、公爵家でも簡単には手を出せないわね。それに、侯爵は学者肌で、フローレンス様を介して王太子殿下に干渉しようという野心もなさそうだし……だからこそ、殿下もフローレンス様を王太子妃にと望まれたのかもしれないわ)
考えてみると、アーデン侯爵と父・レイヴァーン伯爵は系統が似ているかもしれない。
権力欲がなく、知識人、文官としてそれぞれ地位を確立している。
王太子がフローレンスを婚約者としたことからして、黒幕は、残る未婚の令嬢の中ではソフィアが最有力候補になるだろうと踏んだのだろうか。
(違いといえば……一番は、階級ね)
アーデン侯爵家は私学を開設しており、貴族のみならず知識階級に広く強い影響力を持っている。
それに対し、父は高位文官──より細かく言うと、大臣を補佐する局長と呼ばれる官職の1人だ。
局長は10人で、その上が5人の大臣、そのまたさらに上が宰相、頂点が国王となっている。
(国王陛下が王太子殿下の婚姻を毒なんかを使って阻むのはありえないわね。それ以外で、お父様に強く働きかけられるという観点で怪しいのは……大臣と宰相の6人かしら)
大臣や宰相は、全員伯爵以上の高位貴族だ。
それでも、コネリー侯爵主催の夜会には何人かは参加するだろうが……フレイヤのような小娘が情報を探るには、かなり分が悪い相手である。
「はぁ……少しでも近づけるかしら……」
壁は高く分厚い。
姉とローガン、想い合う2人を元あるべき関係に戻したいという意気込みはあっても、気合だけでどうにかなるものではない。
重苦しい溜息を吐いた時のことだった。
「……フレイヤ」
「ひゃっ!」
唐突に、地を這うような低い声が室内に響く。
俯いていたフレイヤが顔を上げると、寝室の入り口にローガンが佇んでいた。
「ロ、ローガン様……いつの間に……?」
「…………」
無言のまま大股で進んでくるローガンは、いつぞやの再現のようだった。
今回は一体何事かと驚くが、2回目なだけあってフレイヤは瞬発力をもって立ち上がることに成功する。
そして、後退りではなく駆け足で、とりあえずローガンから距離を取るため部屋の隅を目指したのだが……。
「逃げるな」
すぐそばで低い声が聞こえたかと思うと、腕を強く掴まれる。
その勢いでくるりと身体は半回転し、険しい──というより、どこか苦しそうな表情をしている彼と向き合うことになった。