クリニックから郵便局までのわずか五分間、蝉の鳴き声をBGMに、彼は自分の身の上話をいかにも楽しげに語ってみせた。

 曰く、彼――日野陸斗は私の見立て通り大学生で、夏休みを利用して県外から旅行でやってきたという。

「……どのくらい居る予定なんですか?」
 このドキドキは初対面の人と話す緊張感だろうか?
 ありきたりな問いを投げかけるのでさえ、口ごもってしまう。
「二週間くらいはゆっくりしたいなーなんて。古いドラマを父さんに見せられて憧れちゃったんだよ。すごくのんびり時間が流れてる感じがして――ってこれ、失礼かな?」
「ううん、そんなことないです」
「よかった。田舎暮らしが自分に合っているかどうか、今のうちに確かめておきたいんだよ。だけど俺、あんまり裕福ってわけでもないから、郵便局でアルバイトするってわけ」

 なるほど、だから郵便局なのか。

 そう納得しつつ、隣を歩く彼の横顔をこっそり見上げる。
 ごつごつした上腕の筋肉に、慌てて目をそらす。

 そうこうしているうちに、郵便局についてしまった。
 本当に、あっという間に。
「案内ありがとう。じゃあね」
 そう手を振って、自動扉の向こう側へ吸い込まれていく彼の表情は、やはり眩しかった。

(あー、残念)

……ん?
 今私は、なんて思った?

 残念――そう感じたはずだ。

(なんだろう、この感覚)

 ざわざわと胸の中に広がる違和感。
 家の中に入ってからも、その感触はずっとざらざらと私の頭をなで続けた。

(……もしかして、あの人との会話が終わって、がっかりしてる?)
 通りに面した窓にそっと近づき、郵便局を見下ろす。たった今、日野陸斗と立ち別れた場所を。

(どうしてこんなに気になるんだろう?)

 考えまいと首を振る。
 気を紛らわすために、カバンから夏休みの宿題を取りだし、解くふりをしてみる。
 それでも考えてしまう。
 ダメだ、勉強じゃ、とスマホを開き、動画アプリを立ち上げる。
 それでも考えてしまう。
 SNSでも同じだった。

 なぜだか、日野陸斗の顔と、声と、体とを、まるで飴玉を口の中で転がすかのように、記憶の中でころころと転がし続けている。

――なんだろう、この感覚は。

 まさかそれが人生で初めての恋だなんて、思いすらしなかった。