一つの学期が終わったあとの放課後の雰囲気ってなんだかふわふわしている。
 特に夏休みを前にすると、私たちはどうしてもテンション高く浮かれてしまう。
 男子は意味もなく雄叫びを上げ、女子は休み中に会う予定を立てる。
 ある者は宿題の多さを嘆き、ある者は部活にいそしもうと更衣室へ急ぐ。

 私はそのいずれでもなく、ひっそりと校舎をあとにする。

「うっそ、ちかげ、もう帰っちゃうの?」
 昇降口でテニスウェアの入ったバッグを手に、穂花が目をまんまるにして私を見つめている。すでに浅黒い肌を、これからますます黒くさせていくだろう穂花に、私は申し訳なさそうに微笑む。
「ごめん、検診なんだ」
「……あー、そっか。お大事に!」

 もういち段階申し訳なさそうに笑って、私はローファーに履き替える。
 いわゆる”定期検診”を一族のおじさんの病院で受けるためだ。
 毎年この時期に受けているもので、そのこと自体は穂花もよく知ってくれている。具体的になんのために受けるのか、そこのところは曖昧なまま、呑み込んでくれている。

 毎年夏、ヒトとしての健康を維持しているのかどうか、同じく人魚の血を持つ親族が開業したクリニックで観察してもらう。
「ちかげちゃん、今年も問題なしっ。夏休み、充実させてね」
 検診を終えて、白衣を着たおじさんは笑顔で太鼓判を押す。
 曖昧な笑みで私はその言葉に応え、クリニックを後にする。
「問題ない」ことと、「夏休みの充実」は、果たしてイコールなのだろうか、なんて考えながら。
 充実した夏休みって一体何だろう。
 私は恋をしない。
 そう決めている。
 でも、ほとんどの女の子たちは、「恋」によって「夏休み」を「充実」させているのではあるまいか。

……そこまで考えて、私は大きく首を振る。
 いやいや、こんなこと考えない、考えない!
 私には他の人にはできない生き方や楽しみ方があるんだ。そう信じよう。

 などと考えつつ、クリニックの玄関を出る。
 キンと冷えた室内とは打って変わって、強烈な日差しが降り注いでいる。日焼け止めを塗り直しておいて良かった。真っ黒に焼けてしまいそうだ。いつも気をつけているから比較的白い肌をキープできているけれど。

……肌、といえば。
 異性との恋に落ちてしまった親族の肌を写真で見たことがある。
 青黒いうろこがびっしり体中を覆ったその様は、不気味でしかなかった。もはや「人魚」のイメージどころか、「怪人」って感じだ。