「今から通知表返すぞー」

 入学して3ヶ月過ごした高校にもすっかり馴染んだ7月、終業式を迎えた。
 教室の窓からはきらきら陽光を輝かせて静かにうねる海と、観光客なんてまず来ない自然そのままの砂浜が、すぐそこに見える。
 田舎町の小さな高校だが、そこが一番のお気に入り。
 昔はドラマのロケ地としても使われたそうで、時たま年配のドラマファンが訪れる。いわゆる「聖地巡礼」ってやつだ。

「じゃあ、出席番号順に!魚住!」

 片田舎の生徒数の少ない学校だと、私がいつでも通知表を最初に受け取る。
 厚紙を開くと、「5」の列の中にちらほら「4」が並ぶ。
 中学の頃とほぼ変わらない成績に安堵する。
「ちかげ、相変わらずいいなー」
 いつの間にか私の通知表をのぞき込んでいた渡辺穂花が羨ましげに声を上げた。
「ちょ、席移動しすぎでしょ」
 今は出席番号順に座っているはずなのに、早っ。
 小学校、中学校と同じ学校で育った仲だ。いつものこと。
「えへへ、ばれた?」
 いたずらっぽく舌を突き出して見せ、それから間もなく担任に呼ばれて教壇へ進む。お説教付きで、なかなか帰ってこない。

 穂花とは通知表だけでなく、あらゆるものを開けっぴろげに曝け出し合う仲だ。人間関係の悩みも、進路の悩みも、胸の小ささの悩みも……全部共有し合ってきた。

 ただ一つ、私が人魚の血筋であることを除いては。

 これだけは決して一族以外の者には口外できない、絶対の秘密。

 穂花のことは基本的に友達として好きだし、信頼もしている。
 だけど時たま彼女のことが無性に疎ましく思えることがある。

 それは、彼女が恋の話をしている時。
 目を輝かせて「○組の××君って素敵」と素直に胸の内を語る姿を幾たびとなく目にしてきた。
 その恋が実ることも実らぬこともあったけれど、いずれにせよ彼女はいつも心のままに恋している。
 そんな親友を前にしていると、私は世界からぽつんと切り離されてしまったような気持ちになるのだ。

 魚住ちかげと、渡辺穂花の間にある、種族の壁。
 決してわかってもらえない私の孤独。

 その痛みを見ないふりして、いつも私は愛想笑いばかりうかべている。