それから私たちはつかの間気まずい雰囲気を味わったものの、日野陸斗の
「ここのサンセットビーチってきれい?」
という一言で、夕日の浜辺を散歩することになった。

(き、気まずい……)

 きっとこんな展開になったことに合点などいっていないであろう彼の心中を思いやると、顔から汗が吹き出てくる。
 その汗を、夕方の穏やかな浜風が撫でてくれる。とはいえ、ここ最近の温暖化で夕方の風もまだまだぬるいのだが。

 浜に出ると、凪の海面が真っ赤に映えた空をそのまま映し出し、私たち自身もそのままその赤に包み込まれてしまいそうなほどだった。
 私ごときの孤独など簡単に溶かしてしまえるほどの、完全な夕映えの海。
 この一瞬を切り取ってしまって一生その中に安住できれば、どれほど幸せだろうか。

――やっぱり、地上の世界にいたい。

 深海の世界では決してこの空と海の線対称の美は目にすることはできない。

 恋なんて――

 隣で言葉を失っていた日野陸斗を見やった……のだが。

(泣いてる!?)

 彼の片目から流れ落ちる、一筋の涙。夕日を受けて小さく輝くそれから、すばやく私は目をそらす。
 なんだか、彼の見てはならない秘密を覗き見た気がして。

 と、そこで日野陸斗は私が見ていたことに気づいたのか、手の甲で涙を拭った。
 そして――こう呟いたのだった。

「僕の孤独なんて、この光景の中に溶けてしまいそうだよ」

 潮風が強く吹いた。
 それはまさに、私の心の声そのものだった。
 私たちの心と心が共鳴し合っている――そんな風に思えて、心臓が躍る。

 雄大な自然を前にすると誰だってそう思うのだろうか?
 いや、そうじゃない、と断言できる。

 この人が特別なんだ。

 この人が必要なんだ。

――それが、初めての恋に落ちた瞬間だった。