ほら名前。そう、諭すように首を傾げられて、男の黒髪がさらり、と目にかかる。それに渋々口を開いて、結んだら、「ああ、俺が言ってなかったな」と男が矛盾を覆した。


「アオだよ」
「………あお」
「あお。空の青。海の青。命の青だ。あんたは」

「……あかほし」

「うん?」


「赤星寧々」


 そう、唇で言葉を紡いだら、男が少しだけ微笑んだ。


「ふーん、レッドスターだ。期待の超新星」


 ころり、手のひらで転がった。その飴がよりによって甘ったるいいちごミルクだったから、益々気に入らない、と思った。










 私の予想に反してその日、工場長はご機嫌で、パートの中年連中も謎にあくせく働いていた。なんでも最近韓国ドラマにハマってしまったとか何とかで、真面目にノルマを片付けて定時に直帰し、録画しているドラマに加えて、その俳優が出ている番組を全て網羅しなければならないそうだ。暇を持て余すと人は怠惰をし、無粋な悪行を目論み、手出しをし、楽さに流れる。人間の天秤はいつも怠惰と一蓮托生で、いとも容易く堕ちていくと聞いた。

 一度消費者金融に手を出してみた例がわかりやすい。もう少し。もうちょっと。どうせ返す。きっと、まだ。自分への甘さ。そういった綻びが、人の背骨、真ん中に通っている核、髄みたいなものを壊していく。


 そして均衡が崩れた時、人の矛先は、人だ。









「煙草屋」


 その日。アオと出逢い、いちごミルクの飴をもらった日。

 物事の滑り出しは恐ろしいほど順調で、自分のノルマすら簡単に片付いた。どういう風の吹き回しか工場長は社員へ差し入れにと温泉饅頭をお裾分けしたし、餡子が嫌いな私が渋ったら代わりに羊羹をくれた。ただ羊羹も苦手だっただけに、翌日の朝、煙草屋に着くなり番台に放り投げると、どこからともなく現れた手だけが羊羹をキャッチした。