「尻丸出しだよ」
真横、煙草屋からだった。
さっきまではいなかった。それが、今はそこにいた。番台、普段爺じが座っておはようって笑いかけてくれるその場所で、見知らぬ青二才が両肘をついて怠そうに。
腕を抜く。立ち上がる。既に薄汚れている作業着の膝を払って、その男に顔を上げた。
「…作業着だから丸出しにはならない」
「猫みたいに突き出してましたけど」
「お前誰」
「煙草屋」
上看板の[たばこ]の廃れた古めかしい文字を指差して「わかんだろ」、と釘を刺す。
「その場所は爺じの特等席だ」
「倒れたんだよ。番台代行。無茶すんなっつってたのに重いもん持ってこう腰をぎくっとさ、そんで今入院中」
「大丈夫なのか」
「大丈夫じゃないから入院じゃん」
気怠げに座り直すのは、黒髪の青二才。朝の光。それを受け。眩しそうに目を細める姿に、もうちょいこっち、と立ち位置を調整されて男に影を作ってやる。私を日除けにしたらしい。涼しい顔をした男は、もう初夏だというのにゆったりしたプルオーバーを着て優雅に頬杖をついた。
「何か用事があったのでは?」
「………マルボロ赤」
「身分証見せて」
「二十歳だよ」
「4歳に見えるけど」
胸ぐらを掴む。なんだこの男癇に障る。ワンチャングーパンしてマルボロ奪うか、と片手を軽く振ったところで「暴力反対、」と微笑まれた。
「傷つけるから傷で返ってくんだよばーか。愛されたいなら愛を提供しろ。そして自己愛の徹底」
「どこの宗教団体だ。通報する」
「お好きに。あんたの精神心配されて終わりだよ」
服伸びるから離してくんない? と手首を掴まれて、その手の冷たさに一歩退く。それでも諦めきれずに視線を見本のマルボロ赤に向けた瞬間、何かを投げて寄越された。
飴だ。
「プレゼント。お近づきの印に」
「近付きたくねーよ」
「ないよりマシだろ」
確かに、何もないよりはマシなのかもしれない。今日の仕事効率はいつもの5割り増しで落ち、工場長には叱られ、パートにもこき使われて社会的に死ぬんだな。そう、未来の自分を瞼の裏で慰めて一歩前に出たら、身体が日陰に潜り込む。
「あんた、名前なんてーの」
「言いたくない」
「飴にまじないをかけられない」
「気持ち悪いんだけどおまわりさーん」
「大切なことなんだよ」