そしていやでも朝が来る。


「………どーしよ」


 工場長の息子殴った。解雇。断る。息子襲ってくる。やだ。解雇。無理。息子求愛。急所蹴って通報。無職。


「あああああ」


 急所蹴って無職はやだあ、と頭を抱えてコンクリートに転がる午前7時20分。始業時刻は8時で、工場長の息子、金髪をした見た目の気持ち悪い成金男は何をしてるかわからないけれど多分、実業家だと思う。あの息子が工場長に話すだろうか。話さないか。話してたらどうしよう。前歯折る。いや暴力は、え、今更?

 ぐるぐるぐる、と考えても負のループなので心を鎮めるためにいつもの煙草屋へと出向く。570円。漫画の単行本一冊よりも遙かに高い値段は、世界が喫煙者にどんどん優しくなくなっている証拠。こんな日は爺じに癒してもらわなきゃ、やりきれない。


「あれいない」


 そう思ったのに。その日、爺じはいなかった。始業前。早めに(おもむ)いてする煙草屋・爺じとの世間話が一服を味わい深くして、一日で最も有意義な時間だった。老人で認知症を患っているからか、どんな此方の愚痴もいつも初めて聞いたことのように反応し、20だと伝えれば惜しみなく煙草を売ってくれる。

 一見すると人の弱みに付け込む狡いやり方かもしれない。痴呆を利用してその懐に潜り込んだ。でも、ほんの少しの嘘を織り交ぜて構築した関係は嘘偽りのない時間だったのに。



 コインを弾いて、掴む。そのまま背中を照りつける太陽に透かして、その光に身を焦がす。自前の日暈(ハロ)。人間が出来る唯一の。


「…光」


 直射日光に目が焼かれ、眩んだ瞬間にコインが逃げた。指のなかを弾け、キン、と高い音を立ててコンクリートを跳ねた500円玉に振り向いて、目で追うと彼は彼のあるまじき寝床に帰っていく。

 自販機の下と言う故郷(ふるさと)に。


「あああああ!!」


 うそだ。意味不明。最悪だ。お前のあるべき場所は絶対にそこじゃない。髪がつこうがお構いなしでコンクリートにへばりつき、即座に自販機の奥に手を伸ばす。届かない。それと思しきコインの姿はあるのにままならない。500円だ。時給980円のほぼ半分。死んだ目で行う単純作業の1/2、こんなことで無駄にして堪るかと木の枝を突っ込んでみたりする。届かない!


「あーくっそもうちょいで届きそうなのに」

「あんた何やってんの」