治安の悪いこの場所で昔事故があったらしい。
それは小売店だかなんとかで、派手にアクセルとブレーキを間違えた老人のミステイクで店に車が突っ込んだ。今じゃ事故の名残の欠片もなく店は復活していて、だからこそ毎日このどこにも行けない感情を逃して息抜きできる私のオアシスと化したわけで。
「…18時」
今日は社会科からスタートだな、と夜間の時間割をスマホで確認していたら、後ろから首に手が回ってきた。
鼻を刺すムスクの香り。着替えていたせいで上はタンクトップ、下は作業着を半脱ぎにしたまるで鳶職のような格好で、着たくもないカッターシャツとスカートをベンチに置いたままげんなりする。
「ねーねちゃん」
「…今着替えてんすけど」
「鍵かけなきゃだめでしょ。オレみたいな悪い男にひっ掴まっちゃうぞ」
「はは。笑えね」
「親父に随分酷いこと言われてたみたいじゃん。マジあの腹出てるハゲ親父、家帰って来たらオレの奴隷のくせにさ。その裏返しがどうも寧々ちゃんに来てるみたい。なんかごめんね? でもあの糞虫の言ってること一理あると思うよ、だって寧々ちゃん女の子なのにあんな可愛げない工場で働いてさ。お金だったらあげるじゃん、けど交換条件。寧々ちゃんがオレに心開いてくんなきゃやだな。例えばほらこーんな風に」
手のひらで下腹部を回すように撫でられた瞬間、肘鉄をお見舞いしてそのまま踵落としをする。更衣室の壁に立てかけてあった金属バットを振りかぶってそのまま顔面スレスレに叩きつけた。
「親子揃ってクズかよ今度やったらそのくせー口塞いで顎叩き割っかんな」
「…の糞女!! テメ親父に言いつけてやっかんな!! さっさと辞めろゴミ!! 使えねえ糞が!! オイ!!」
「おつかれーぃ」
ばいばいきん、と金属バットを放り投げて制服を抱えて作業着のまま外に出る。18時。たったの10分。世界の、正しい時間、例えば有意義と、不穏の時間の流れは同じだという摂理に昔から納得がいかない。こんなに色濃い一瞬を過ごした。もう今日の終わり来いよ、と思うのに、見上げた空はまだオレンジで、全ては600秒の間にあった出来事だ。