「……あおがやったのか」

「うん?」
「更衣室の、電気ばーん」
「うんすげーだろ。かっこよかった? もう力使い果たした。だからもう保たないわ」


 夕方の、初夏の風。感傷を撫でて優しくない。ぬるさにあふれた生暖かさ。生きている、そう思わされるこの風が、まざまざと見せつけられるたび辛くて苦しくて堪らなかった。

 そんな背中をアオは見つけた。私は見つけられてしまった。

 やさしくてぬるい風が吹く。


「…お前さ、お小遣い? 貰ったもんは黙って使った方がいいよ、つまんねー見栄張ってたってどーせ死んだ人間なんざ戻って来ないんだから」

「…うん」

「あと人の親父にこう言うのなんだけど、お前の親父運転下手すぎ
 ずっと言ってやるね、転生しても免許とんじゃねーって」

「、あお」


 もうかすんで見えなくなる。あふれた涙のせいなのか、そうじゃない。斜陽に紛れて掴んだ手が僅かに小さく震えてる。それを握って、嫌だ、と駄々をこねたら顔を上げたアオの目から一筋の雨が落ちた。




「死にたくなる日があってもいい。けど、あんたがどれだけ死にたくなっても、おれはあんたに生きててほしい」




 うん、と瞬き、頷いた。

 いいこ、と声がした。


 やさしくてぬるい風が吹いて次に顔を上げたとき、目の前には誰もいなかった。

 手のひらに、甘ったるいいちごミルクの飴だけが、ころん、と転がった。



















「寧々ちゃーん、支度できた?」

「なぁ、史ちゃん、髪おかしくない? 顔、顔が」
「もー! だから可愛いってば! わたしがお化粧して髪の毛結ってあげたんだよ当たり前!」
「す、スカートすーすーするからやっぱりいつものジャージに」

「だめだめだめー! おかあさーんまた寧々ちゃんがあー!」


 あの後私は工場は辞めて、伯母さんと話し合って元の家に戻ってきた。何にもなれないかもしれない。どこにも行けないかもしれない。全て自分の物差しで行く手を止め、自分を諦めてしまっては。

 まだ世界は明るくないし薄暗さが付き纏っている。何になりたいかもわからない。どこに行きたいのかすらだって。それでも。

 ポケットから取り出したいちごミルクの飴を柔く握る。アオがいる。アオがいた。それを証明するために。


「お墓参りにドレスアップするのなんて初めて聞いたよ寧々」

「寧々ちゃん可愛いねー! 今度わたしのワンピース着てねっ。スカート履いてねっ。メイクもいっぱいしようねっそれからそれから」

「寧々」


 興奮気味の史ちゃんと私に、先を歩いた伯母さんが振り返る。


「おかえり」








「…ただいま」









 私は、笑った。