「緊急連絡先にうちの住所と電話番号を書いたのは、最後の頼みの綱だったから?」
「他に書くところがなかったからだ」
「偽造しちゃえばよかったのに、そこまでの考えには及ばなかったんだ」
背中を撫でられる。夜、ずぶ濡れの身体で担ぎ込まれたことで、今は伯母さんが持ってきてくれた服を着ている。さっきまで着ていた生乾きのツナギは着心地も最悪だったのに、そのやさしさの方がずっと痛かった。手首を折られるよりもっとずっとつらかった。
泣き出しそうになって立ち上がる。そのまま背を向けたら「寧々」と呼ばれた。
「どこ行くの」
「仕事…倅のせいで遅れてる、工場はてんやわんやだ。休んでいられない、工場長に頭下げる、左手は動くから辞めさせないでって、まだ雇ってもらわないと」
「待ちなさい寧々」
「離せよ」
「甘ったれんじゃないわよ!!」
腕を掴まれて揉み合いになっていたらそのまま頰を叩かれた。貼ったガーゼに血が滲み、荒んだ目で前を向こうとするのに無理矢理眼を合わせられる。わからない。もうどこに行けばいい。それでもここは嫌だと思うのに顔面を両手で掴まれる。
「あんたまだ未成年なの、子どもなの!! 何がそんなに不満なの、一年働いて学費稼いで自立したつもりでいるかもしんないけどね、嫌だ嫌だってそんなことばっかじゃどこでも生きていけないの!! 誰だって何にもなれないの!! みんなそうなの、それでも必死に生きてるの!! 頼れる家族があるのになんで手を取らないのよ、なんで頼ってくんないのよ!!」
「、」
「何よその目。また柄にもなく悪い皮被って素行不良に走るのね、それで見限るって期待した? 舐めないでよ、そんな生半可な覚悟で私はあんたと家族になったわけじゃない!!」
抱きすくめられて、生命力を突きつけられて、そこでまた自分が泣いていることに気がついた。こんなに自分は脆かっただろうか。こんなに主体性のない生き物だっただろうか。視聴率の取れない更生ドラマみたいでわらけてくる。稚拙で陳腐で泣けてくる。
首に雨が降ってくる。震えた肩で抱き締める伯母さんの肩を力無く押し返すと、私よりずっと子どもみたいに涙で濡らした顔を背けて、涙を手で払った。
「史がね」
「…」
「ずっと私のせいだって。寧々ちゃんの気持ち気づいてあげられなかったって、いいえ、気づいていたけど手を伸ばすのが怖かったって、どこか自分の境遇に優越感感じて生きてきたってはじめて私たちに怒鳴ってきた」
「…」
「エゴでも身勝手でもこの際好きに言えばいい。でもこれが家族だから。責任とかそんな馬鹿げたことじゃない。私たちがあなたにそばにいて欲しい」