(虫の鳴き声って求愛の合図なんだっけ?)
真偽のほどは定かではないが、昔、そんな話を聞いたことがある。
「我が家の旦那様は一体どこに行っちゃったんでしょうね?」
急にひとりで待っているのが寂しくなり、独りごちる。その問いには誰も答えることはなく、辺りには虫の声だけが響いている。
ベランダから身を乗り出し駅からマンションへの通りに目をこらしたけれど、人影は見えなかった。
(冷えてきたな)
そろそろ戻ろうと思ったそのときだ。
──ザザッ!
強い風が吹き、背後でなにかがトンッと着地する音がした。驚いた陽茉莉は、ハッと振り返る。
そこにいたのは、大きなオオカミだった。こちらをまっすぐ見つめ、白銀の毛並みは月明かりの下で鈍く光っている。