数日後、いつもより少し早く起きてリビングに行くと、両親は目を丸くして驚いていた。
「珍しいわね、どうしたの?」
「おはよう。ご飯食べ終わったら行ってみようと思って」
「けどこの時間帯の電車は通勤ラッシュで混んでるぞ?」
「女性優先の車両なら結構空いてるから大丈夫だと思う」
不登校気味な娘が、いきなり普通に登校すると言い出したことに困惑している様子だった。
若槻くんに言われた日から、両親や先生と話をしてきた。一人で教科書とプリントを使った勉強なんてこの先いくらでもできるけど、せっかく全日制の高校に合格したのだから、教室で授業を受けたい。
人の視線は怖いし、大勢の中で息苦しくなるかもしれない。でも今頑張らなくちゃ、きっと私は前に進めない。
アズの歌に背中を押され、中学時代を頑張ったようにもう一度。
――ううん。もう一回、私は前に進みたい。
それでも心配性なのか、はたまた信用していないのか。いつもよりおどおどした様子の両親に、私は言う。
「私、大丈夫だよ」
朝食を食べ終えてろくに教科書も入っていないリュックといつも使っている青のヘッドフォンを持って家を出る。朝のスッキリとした空気が肺に入ってくると、不思議と気力が湧いてきた。
駅に着く少し前からヘッドフォンの音量を少しばかり大きくする。視界に入ってくる人混みから少しでも自分が意識を逸らすのだ。
予想していた通り、朝の通勤時間帯のみ、先頭車両が女性専用として解放されている。いつもより早いせいか、おかげで他の車両より人混みは少ない。いつ気持ち悪くなっても外に飛び出せるように、なるべく出入口に近い場所に立つ。
電車が動き出すと、外の風景が移り変わっていく。いつも見ている風景なのに、どこか新鮮に見えるのは時間帯が違うからだろう。電車が最寄り駅に着くと、足早に降りて改札を抜けた。一度でも立ち止まったらその場から動けなくなると思った。
学校に着いてまず向かったのは保健室だった。ちょうど芦名先生が来たばかりだったようで、机に鞄がどんと乗っていた。
「日和さん? おはよう」
「おはようございます。……その、今日は朝から、教室に行ってみようと思って……」
芦名先生は手を止めて私をじっと見る。「あなたじゃ無理でしょ」って言われるんじゃないかと不安が過ぎって不意にスカートを掴んだ。
しかし、先生は安堵したように微笑んだ。
「わかった。あなたならきっと大丈夫よ。でも無理はしないでね。私も担任の先生も、日和さんの味方だから」
「……ありがとうございます」
芦名先生はいつも寄り添ってくれる。アズのことを聞いてくれたのは先生が初めてだった。
「さて、じゃあどうする? 教室まで一緒に行く?」
「いえ、自分で……あ」
「どうしたの?」
「……自分の席が、わかんない、です」
教室に入った後、クラスの誰かに聞く方が良いのかもしれないけど、そこまで私ができるかは正直自信がない。そこまで考えていなかった。
「珍しいわね、どうしたの?」
「おはよう。ご飯食べ終わったら行ってみようと思って」
「けどこの時間帯の電車は通勤ラッシュで混んでるぞ?」
「女性優先の車両なら結構空いてるから大丈夫だと思う」
不登校気味な娘が、いきなり普通に登校すると言い出したことに困惑している様子だった。
若槻くんに言われた日から、両親や先生と話をしてきた。一人で教科書とプリントを使った勉強なんてこの先いくらでもできるけど、せっかく全日制の高校に合格したのだから、教室で授業を受けたい。
人の視線は怖いし、大勢の中で息苦しくなるかもしれない。でも今頑張らなくちゃ、きっと私は前に進めない。
アズの歌に背中を押され、中学時代を頑張ったようにもう一度。
――ううん。もう一回、私は前に進みたい。
それでも心配性なのか、はたまた信用していないのか。いつもよりおどおどした様子の両親に、私は言う。
「私、大丈夫だよ」
朝食を食べ終えてろくに教科書も入っていないリュックといつも使っている青のヘッドフォンを持って家を出る。朝のスッキリとした空気が肺に入ってくると、不思議と気力が湧いてきた。
駅に着く少し前からヘッドフォンの音量を少しばかり大きくする。視界に入ってくる人混みから少しでも自分が意識を逸らすのだ。
予想していた通り、朝の通勤時間帯のみ、先頭車両が女性専用として解放されている。いつもより早いせいか、おかげで他の車両より人混みは少ない。いつ気持ち悪くなっても外に飛び出せるように、なるべく出入口に近い場所に立つ。
電車が動き出すと、外の風景が移り変わっていく。いつも見ている風景なのに、どこか新鮮に見えるのは時間帯が違うからだろう。電車が最寄り駅に着くと、足早に降りて改札を抜けた。一度でも立ち止まったらその場から動けなくなると思った。
学校に着いてまず向かったのは保健室だった。ちょうど芦名先生が来たばかりだったようで、机に鞄がどんと乗っていた。
「日和さん? おはよう」
「おはようございます。……その、今日は朝から、教室に行ってみようと思って……」
芦名先生は手を止めて私をじっと見る。「あなたじゃ無理でしょ」って言われるんじゃないかと不安が過ぎって不意にスカートを掴んだ。
しかし、先生は安堵したように微笑んだ。
「わかった。あなたならきっと大丈夫よ。でも無理はしないでね。私も担任の先生も、日和さんの味方だから」
「……ありがとうございます」
芦名先生はいつも寄り添ってくれる。アズのことを聞いてくれたのは先生が初めてだった。
「さて、じゃあどうする? 教室まで一緒に行く?」
「いえ、自分で……あ」
「どうしたの?」
「……自分の席が、わかんない、です」
教室に入った後、クラスの誰かに聞く方が良いのかもしれないけど、そこまで私ができるかは正直自信がない。そこまで考えていなかった。