そんな状態が1年以上続き、カケルは疲れていた。


昨年度の大会は、中止となった。

大会だけではない。学生が行う全ての催し物は、土壇場になると中止になった。期待をさせておいて、目前で絶望させられるんだ。無理やり開催しても、文句を言う人が必ずいるだろう。


(ーーーー今年の大会も、どうせ駄目なんだろう)


そんなやさぐれた気持ちでこなしていた練習では、タイムが落ちても当たり前だった。今の状況にムカついて、自分にも腹が立って、スパイクを突き刺すように地面を踏んだ。


(ちくしょう!)


燻った気持のままでは、どうにも走りのリズムに乗りきれない。速く走るには、思いも風に乗せないと駄目なんだ。


(この練習に、本当に意味があるのかな)


また、パアンと火薬が爆ぜる音が校庭に響く。

視界の横で、仲の良い先輩、颯汰が駆け抜けるのが見えた。

気持ちよさげに走る颯汰を目で追うと、なんでこんなにも違うのだろうと、余計に暗い気持ちになった。


(短距離って、モチベーション大事だよな…)


ちゃんとわかっているのに、それを出来ない自分に、またイライラとする。


そしてカケルには、もう一つ不安があった。

たとえ大会が開催出来ても、部員の誰か一人でも感染したら、全員が欠場となるだろうという事だ。

絶対に、感染は防がなくちゃいけない。

延々と続くそのプレッシャーにも、押し潰されそうになっていた。


たとえば、誰かが、その最初の一人となってしまった時、自分はそいつを恨まずにいることが出来るだろうか。

逆に、自分が感染者となったとき、今までと同じようにみんなは接してくれるのだろうか。


不安で仕方がなかった。








「カケル、一緒に帰ろうぜ。おごってやるからさ」


スポーツバッグには、制服が丸めて突っ込んであった。
その隙間に、脱いだスパイクをぎゅうぎゅうにつめこんでいると、先に支度を終えた颯汰が声をかけてきた。


颯汰は1つ年上の高校三年生だ。

全国大会までいくレベルの実力を持っており、カケルの目標であった。

受験の為、この夏で引退となる。進学は、スポーツ推薦を取れそうだときいている。
カケルが落ち込んでいるのを見て、声を掛けてくれたのだと思った。


「寄り道とか、怒られないっすか」


最近では、わざわざ制服やジャージを見て、学校に連絡をいれる人までいる。

部活のジャージには、でかでかと学校名が書かれていた。


「近くのコンビニにちょっと寄るだけだよ。すぐ帰るし」


ほら、行くぞと先に自転車に跨がった颯汰に、カケルは慌ててついていった。



「ほい!」


颯汰が奢ってくれたのはコンビニに売っている紙パックのミルクティーと、レジ横で温められていた唐揚げだった。


(……あ、合わない)


カケルはそれを見て困惑したが「ありがとうございます」と受け取った。


運動後といったらスポーツドリンクじゃないのか。そういえば颯汰は、いつも紙パックの飲み物を飲んでいた気がする。

遠征の時、自転車のハンドルに袋ごとぶら下げ、ストローが揺れていた光景を思い出した。


いつもこれを飲んでいたのかと、颯汰を見てみると、颯汰は紙パックのレモンティーだった。ストローを刺すと喜々として吸い込む。そのまま一気飲みしそうな程、ごくごくと喉を動かした。


「っあーうまー!」


カケルも喉が渇いていたので、それを横目にミルクティーを吸った。


「甘い……」


出来れば自分もレモンティーが良かった。

次に、颯汰は唐揚げを頬張った。カケルも、大きな口を開けて、唐揚げを放り込む。ミルクティーの甘みが残った口内に、醤油味の油が突撃してきて、やっぱり組み合わせは良いとは言えなかった。


「甘いだろー。でもそれがいいんだな」


「なんでっすか?」


「落ち着くだろ。俺、部活帰りにこれ飲むの好きでさぁ。いつもはレモンティー。でも、考えたい時とか、落ち着きたい時はミルクティーって決めてんだ。ほっとしない?」


「まぁ、甘いけど、以外とさっぱりしてるかも、です」


言わんとすることが、何となくわかる気がして、カケルは青いパッケージを眺めてから、もう一口味わう。冷えたミルクティーが喉を落ちていくのが感じられた。疲労プラス干からびた体に、それはよく浸透した。