『最後の日記』BIRTHDAY~君の声~

 私の左肩の腱板断裂は幸いにも保存療法で回復に向かい、3ヶ月程経った頃には腕を上げることができるようになってきたので手術は受けずに済んだ。
 もちろん腱が完全に修復した訳ではなく、回復したと思って頑張り過ぎたら痛みが振り返したので無理は禁物だが……

 弱っていた筋力を回復させるために少しずつリハビリの運動をして、だいぶ肩も普通に動かせるようになってきた頃……私は就職活動をするために職業紹介所に向かった。
 そしてある日、紹介所のコンピューターで検索をしていたら、ある小規模デイサービスの相談員の募集を見つけた。

 沢山の検索結果の中で、なぜその募集だけが気になったのか分からない……
 まるで何かに吸い寄せられるような不思議な感覚だった。
 他にも条件がいい職場が色々載っていたけれど……その小規模デイサービスの募集要項ページだけをプリントアウトし電話をしたところ、早速面接を受けることになった。

 私は面接で送迎ができるか聞かれたが、添乗だったとはいえ事故のトラウマがあって車の運転ができなくなっていたので断った。
 確認したところ、小規模デイサービスは大人数を一度に送迎することはないため添乗はないそうで安心した。
 前の職場での役職について聞かれた時、話している途中で色々な事を思い出して泣いてしまった。
 面接で泣き出すなんて、きっと前代未聞だ。

(絶対に落ちた……)
 そう思っていたが、後日電話が来て……
「来月、頭から来られる?」
「い、いいんですか~!?」
 私は叫んでしまった。

 新しい職場での勤務初日は緊張を隠すので必死だった。
 事務所で所長と話していたら息子さんに会ったが、若そうなのに一緒に働いているそうでびっくりした。
 無愛想でちょっと冷たそうな子だったけど、同じようなメガネだったせいか、なんとなく篠田先生に似ている気がした。

 私は、また同じ最後を迎えることにならないようにと頑張った。
 久し振りの利用者さんとの関わりは楽しくて、やっぱりこの仕事は天職だなと思った。
 入浴は自宅のお風呂に手すりや踏み台を付けた普通のお風呂だったので、車イスなどで浴槽を跨げない方の介助は二人掛りだった。

 制服もないので自前の半ズボンに入浴用のエプロン着用で後ろはビショ濡れになるし、車イスの方が入浴用イスに移ればそのまま入れるような機械浴ではなく、二人で持ち上げて入る感じなので大変だった。
 でも大手の大規模デイサービスにはない、まるで家というようなアットホームな雰囲気や温かさがあった。

 ある日の休憩中、コンビニ弁当に付いていた醤油を取り忘れ、電子レンジを爆発させてしまった。
(……といっても中で破裂しただけだが)

 数日後、お弁当にと持ってきたカレーを温める時にラップをし忘れて再び爆発……
 所長の息子の悠希(はるき)くんに盛大にからかわれた。

 悔しいなと思っていたら、今度は悠希くんが……
 次の日の入浴介助で、私とすれ違った後になぜか照れていて……「悠希は足フェチだからな~」と他のスタッフにからかわれていた。

 ある日、午後に雨が降ってきた。
「帰りの送迎に影響するかな?」と雨の様子を見るためデイサービスの軒下で悠希くんと並んで立っていたら……
(やっぱり似てる)となぜか篠田先生と雨宿りした時のことを思い出した。
 そして、名前が初恋の悠幸(はるゆき)くんと一文字違いだということに気が付いた。

 私が「雨って好き」と呟くと、「なんで?」と悠希くんに聞かれたが……
「秘密」とはぐらかした。

 泣きたい時に雨に当たると泣いていることが誤魔化せるからとか、
 孝次と初めて相合傘をしたことを思い出すからとか、
 神山慎二に駅まで送ってもらったことや、別れ際に貰ったCDに入っていた篠田先生の歌を思い出すからとか、
 昔好きだった人に似てるかもなんて思ったことは絶対に秘密……

 月初めのある日、悠希くんが私の持っていたビデオ機能付きカメラが気に入ったらしく……「貸して欲しい」と帰りに家まで取りに来るついでに車で送ってくれた。
 運転している悠希くんの横顔をチラッと見たら、雨の日に送ってくれた神山慎二のことを思い出してしまった。
「バイバイ」と手を振って別れる間際、冗談を言って笑い合う存在を今度こそ失くしたくないと思った。

「写真やビデオっていいよな~大切な思い出を後で振り返られるし」
「その時に思ったことも、ず~っと残せたらいいのに……そうだ!」

 その年の12月1日……新しい職場になって丁度1ヶ月経ったその日、
 私は日記を書き始めた。

 いつかの誕生日に貰った大事な想いが込められた真っ白な日記帳……
 そんな貴重な日記帳の初日に書くにしては、かなりお粗末な内容だったけど……
 どんなことも残しておきたいと思った。

「いつかこの日記帳が、幸せなこといっぱいに埋まるといいな」