ミレイを守ると宣言した夜のこと。
俺は自分の部屋で計画を練っていた。なにかと問われれば、いかにすれば彼女が普通の女の子として暮らせるか、というもの。
マンションに送り届けた後は、ダースと初日の黒服男性がいる。そのため俺が基本的に注意するのは、彼女の寿命が急に短くならないか、ということ。
そして、もう一つは彼女を笑顔にすることだった。
「…………んー」
とは、思ったものの。
「お、思いつかねぇ……!」
女の子と遊ぶ機会なんてまるでなかった俺だ。
そんなわけで、妙案がちっとも思い浮かばなかった。先日のデートはほとんど雑談してただけだし、スイーツは食べたけど、それ以外にミレイが喜びそうなものが思い浮かばない。いいや、そもそも普通で良いのか? 話はそこからのようにも思えて……。
「あがぁ――っ!? 駄目だぁ!!」
俺は椅子からベッドへとダイブ。
そして、己の甲斐性のなさに小さく涙するのだった。
するとその時――。
「お兄ちゃん、なに騒いでるの? うるさいんだけど……」
光明が差した。
「あ……」
そうだった。
年頃の女の子が、我が家にはもう一人いるではないか。
坂上海晴――俺の一つ下の高校一年生。こいつ、それなりに流行を気にしているらしく、そういった情報については俺よりも詳しい。
だとすれば、ここはもう兄の威厳だとかそんなのどうでもいい。
大好きな女の子を笑顔にするためだ。
俺はいかなる犠牲をもいとわない――!
「海晴サマ! お願いがあるであります!!」
「え、なに急に――キモいんですけど」
「ぐふっ……!?」
おのれ、海晴の奴め――的確に傷付くことを遠慮なく言ってきやがる!
だが、今日の俺はその程度では屈しないのだ。
深々と頭を下げ、
「頼む、俺と一緒に――」
その願いを口にした。
◆◇◆
その週末のこと。俺は、近所の駅前を歩いていた。
隣にはミレイ――ではなく、海晴である。何故かというと、俺が妹に願い出たからだった。『頼むから、女の子の喜ぶことを教えてほしい』、と。
まぁ、その代償は大きかったわけだが……。
「話題のクレープデラックス、奢りだからね? 分かってるよね」
「分かってるよ! ……くそ、小遣い日までもつか?」
そんなわけで。
俺は財布の中身と威厳を代償に、知識を得たのだった。
いまはその帰り。海晴のいうところの『クレープデラックス』なるものを買いに向かっていた。そうしていると、唐突に妹はこう口にする。
「それにしても、お兄ちゃんが三次元の女の子に興味を持つなんてね?」
「なんだよ、人をキモヲタみたいに……」
「いや、オタクでしょ」
反論すると、そんな言葉が返ってきた。
一刀両断。
「で? なんだよ。なにが言いたいんだ?」
「いやー? お金の使い道なんて、ラノベかマンガ、アニメのDVDしかなかった兄が成長したんだな、と。妹の私としては嬉しい限りなのよ」
「……ずいぶんな言いようだな、おい」
「でも、事実でしょ?」
「…………」
海晴はててて、と先を歩くとこちらを振り返った。
そして、こう言う。
「いまのお兄ちゃんは、たぶんカッコいいよ!」――と。
満面の笑みで、本当に嬉しそうに。
しかし俺はそれに対して、不満をぶつけるのだった。
「『たぶん』は余計だろ……?」
「これからに期待、という意味ですよ~、っだ!」
すると、ころころと笑うのだ。
その反応に、俺は呆れて肩を落とそうとした。その時だった。
「ん、アレって……?」
どこか、見覚えのある人物を見かけたのは。
それは最初にミレイを助けた日に、彼女を迎えにきた黒服の男性だった。
服装は少しラフなそれだったが、サングラスをかけた顔立ちはそのままだから分かる。そして、そんな彼の隣を歩くのは……。
「――――っ!?」
ミレイだった。
それだけなら良い。休日なのだから、と思った。
しかし見過ごせないことがある。それというのは、もちろん――。
「また、少なくなってる!」
またもや、彼女の寿命が短くなっていることだった。