俺は即座に金庫内部の状況を確認した。
 金品などはなく、5メートル四方の薄暗い空間が広がっている。爆破した入口から差し込む明かりで、ほんの少しばかり奥が見える、という程度だった。

 そこにミレイとアレンの姿がある。
 彼らは身を寄せ合って、しかしアレンの方はもう意識が朦朧としている様子だった。それでも先ほどの衝撃から彼女を守ろうとしたらしい。
 その身をミレイの前に投げ出していた。

「ミコト、か……?」
「アレン喋るな! ミレイは大丈夫だから、安心しろ!」

 掠れた声でこちらに話しかける彼を、俺は制止する。
 ミレイは大丈夫――嘘っぱちだ。何故なら現時点でアレンよりも、ミレイの寿命の方が圧倒的に短いのだから。しかし、彼の寿命も決して長いとは言えなかった。
 現状で一番、生存の目が大きいのは俺だ。

 ならば、俺にできることはなにか。
 考えるんだ。冷静になれ。この状況でまず、することは――!


「アカネ、アレンの治療を――」
「アカネ……? 御堂アカネ、か!?」


 傷の手当てが最優先。
 そう思ったのだが、どうやら地雷を踏んだようだった。


「きゃ……っ!?」


 さすがは素早い。
 傷だらけであるにも関わらず、アレンは即座に立ち上がるとアカネを拘束した。羽交い絞めにして、少し力を込めれば首の骨を折れる状態まで持っていく。
 アカネは短く悲鳴を上げて、身動きを取れなくなった。

 考えてみれば、こうなるのは必然にも思える。
 アレンも馬鹿ではない。敵の情報はある一程度、頭に入れているはずだった。その可能性を考慮しなかった俺の失策。

「ちっ……!?」

 腕時計で時間を確認した。
 すると、分かる。アカネの寿命は、もうすぐだった。
 つまりこのまま放置すれば、アレンはアカネを殺すということ。それだけは避けなければならない。彼女もまた、俺にとっては大切な仲間だった。

「落ち着くんだ、アレン。アカネは――」
「落ち着いているさ。この女が御堂財閥の娘であることは知っている――それならば、ここで始末するのが正しいだろう」
「くそ……っ!」

 説得しようと試みるが、どうやらアレンは正気ではなかった。
 それも当然だろう。このような大怪我を負って、精神を摩耗して、正常な判断をしろという方が無理な話だった。
 敵の娘は敵だ、と。
 そこだけで思考が完結していた。

 ――どうする?
 どうしたら、そんなアレンの説得ができるのか。
 考えろ、考えろ考えろ考えろ。まだ諦めるようなところではない!

「……そうだっ!」

 その時だ。俺は、一つの策を思い付く。
 彼がアカネを敵だと認識しているなら、それを逆手に取ればいい。もちろんリスクのある手段ではあったが、なにもせずに見殺しにするよりは可能性があった。

 だから、一つ深呼吸をして俺は――笑みを浮かべる。

「アレン。それじゃ、損だ」
「な、に……?」

 そして口にした。
 一か八かの、提案を。



「そいつは敵の娘だ。だったら、人質とした方が価値が出る」――と。



 そうそれは、俺も彼女を殺すつもりだという素振りを見せること。
 これならばアレンの混乱した思考でも、アカネを生かすことへの納得が得られるかもしれなかった。失敗する可能性もあったが、成功の可能性も十分にある。

 果たして、この作戦は――。



「……なるほど、な。たしかにそうだ」



 上手くいった。
 彼女の寿命は延長され、その拘束も緩められる。
 アカネ自身は生きた心地がしない表情を浮かべていたが、俺は胸を撫で下ろした。こうなれば、あとは一つ。何よりも優先しなければいけないことだけだった。

「ミレイは、あと――」


 最愛の女の子の寿命は、残り30分。


 俺はゆっくりと息をついた。
 ここからの展開は、まるで読めない。
 誰が、どうやってミレイのことを殺すのか。


「おやおや。部下がやられたと思えば、相手は子供一人でしたか」




 だが、その答えは向こうからやってきた。