普通に考えれば、マフィアの関係者を捕まえたら然るべき機関に任せるのが筋だ。しかし、俺がダースに告げられたのは予想だにしない場所。
御堂邸――すなわち、アカネの家だった。
この街の中でも最も有名な一族。
それも当然だ。世界的に名を馳せている財閥なのだから。
実際に見たことはなかったけれど、その華麗なる一族が住まう家は豪邸と呼んで間違いないものだった。いいや、外観は西洋の城に近い。
門の前には警備員のオジサンが、さながら門番のように立っていた。
ここだけが異世界だ、と。
そう言われても納得できる場所だった。
「どうして警察――国に任せないんだ?」
草葉の陰から門を睨み、俺はそう呟く。
さっきも言ったが、そのような危険な団体を捕らえたなら相応のところに任せるのが当たり前だと、そう思われた。娘の誘拐を企てていると知っていたなら、なおのこと。しかし、御堂家の特殊部隊は自分たちから攻勢を仕掛けて、ミレイを連れ去った。
考えれば考えるほど、違和感だらけだ。
やってることが逆だった。これでは、まるで……。
「やっぱり、きましたのね」
「へ……?」
あれ、なんか背後から聞き覚えのある声が。
「…………なんで、ここにいるんすか?」
「わたくしの家の前ですよ。いてもおかしくはない、そうでしょう?」
振り返ると、そこにいたのはアカネだった。
彼女は小声でそう口にすると、スッと俺の隣にやってくる。
「いやいやいやいや。ここは、そういう場面じゃないでしょ?」
「場面……? なにを言っていますの」
「なんでもないです」
俺が思わずツッコみをいれると、眉間に皺を寄せてそう言われた。
怒っているような声に、つい引き下がってしまう。
仕方ない。今は流すとしよう。
「……で? どうしてアカネが、こっちにいるんだよ」
咳払い一つ。
俺は単刀直入に本題へと入った。
するとアカネは、少し悩んだような素振りをしてから答える。
「わたくしも、おかしいと思っていましたの。殺害予告があったのが、体育祭の前でした。それなのに、国はおろか警察にも届を出さないのです」
「それは、親御さんが……ってことか?」
「えぇ、そうですわ」
確認すると、それを肯定するアカネ。
俺はその異様な対応に、さらに大きな疑問を抱いた。
やはり、この事件はおかしいのだ。なにかが、普通でないなにかが動いている。そう考えなければ辻褄が合わない、そう考えられた。
もしかして、すべてが仕組まれている……?
「いいや、決めつけるな。考えるんだ」
俺は決まり文句を口にする。
思考を巡らせ、様々な可能性を探した。
しかし、今回ばかりはこれ以上の結論は導き出せない。
「ミコト。貴方に改めて、護衛を命じますわ」
「……アカネ?」
考え込む俺に、アカネはそう言った。
それは再度、ここで共同戦線を張ろうというそれ。
俺は少し悩むが、一つ頷くのだった。これが今できる最善策のはずだ。
「分かった。でも、一つだけ条件がある」
「条件? なんですの?」
こちらの返答が予想外だったらしい。
彼女はほんの僅か、目を見開いてそう言った。そんなアカネに俺は、
「絶対に、死ぬな。それは――俺が許さない」
一言、そう告げる。
真っすぐに、その勝ち気な目を見つめ返して。
小指を一本立てて、約束しろと、そう迫るのだった。
「……ふふっ!」
そうすると、アカネは口元を隠して笑い始める。
次第にそれは大きくなり、静かな空間に、ちょっとだけ残響した。なんとか堪えて、彼女は同じように小指を出して答える。
反対の手で、目元に浮かんだ涙を拭いながら。
「面白いですわね、貴方は。『あの時』から変わっていませんわ」
そう言って、指を軽く絡ませた。
「分かりましたわ。絶対に死にません――約束です」
強い眼差しを向けて、アカネは微笑んだ。
俺はそれを心強く思う反面、責任感を抱いていた。何故なら――。
「では、行きましょう。裏口に案内しますわ!」
「あぁ、分かった」
アカネに従って、進んでいく。
その最中にも、俺は彼女の頭上から目を離せないでいた。
――あと、2時間。
アカネの寿命は、さらに短縮されていた。