保健室にやってくると、担当医の先生が対応してくれた。
それでもやはり応急処置程度しか出来ないらしく、救急車を呼ぶと言って外へ出て行ってしまう。結果として俺とミレイだけが、そこに残されることとなった。
グラウンドの喧騒を聴きながら、息を殺すようにしてベッドに腰かける。
――残り10分。
ミレイの寿命を確認して、一つ息をついた。
彼女を殺すのならば、いまこの部屋で、というのが定石だろう。もっとも、それは犯人が人目につきたくないという条件にのみ限られるが……。
「ミコトくん。そんな怖い顔して、どうしたのですか……?」
「あ、いや。なんでもないよ、気にしないで」
そうしていると、ミレイが不安げにそう訊いてきた。
どうやら顔に出ていたらしい。無理矢理にではあるが、俺は笑みを浮かべて答えた。しかし彼女は申し訳なさそうに頭を下げて、こう言うのだ。
「ごめんなさい。私が転んだせいで、せっかくの練習が……」
それは、競技で負けてしまったことに対しての謝罪。
きっとミレイは、ずっと一緒に練習をしてきた俺に申し訳ないのだろう。そして、他のメンバーに対しても。でも俺は、そんなことを気にしてはいなかった。
何よりも、いま苦しんでいるのは間違いない――ミレイだから。
「大丈夫だよ。きっと、みんな許してくれるって!」
「でも、ミコトくん。あんなに練習したのに……」
涙目になってそう口にする彼女の頭を撫でて、俺はこう言った。
「気にしない気にしない! 俺も十分に楽しかったから! それに――」
心からの、誠意を込めて。
「ミレイと一緒なら、俺はなんだって嬉しいんだよ」
それは俺の真っすぐな気持ちだった。
ミレイはその言葉にハッとしたような表情になって、目を細める。
「ミコトくん……!」
「お、っと……」
そして、ぽすっと、俺の胸に軽く顔を埋めた。
受け止めた俺は彼女の足に響かないように注意して、優しく抱きしめる。そうすると、やはり思うのだ。理屈など関係なしに、俺はこの子のことが好きなのだ、と。
守りたい。なにがあっても、守ってみせる。
改めて、そう心に誓った――その時だ。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
悲鳴が聞こえた。
それは女子生徒のものだろう。
ちょうど保健室の前で上がったそれに瞬間、身を固くする。
「ミコトくん、今のは……!?」
「静かに、ミレイはここにいるんだ!」
俺は怯える少女に指示を出して、音をたてないように立ち上がった。
少し早くないか。思って、ミレイの寿命を確認した。
「あと、5分か……」
やっぱり、変化はない。
そうなると、今の悲鳴は相手方の失策の可能性が高かった。
「いや、決めつけるな。考えろ……!」
そう考えた瞬間だ。
保健室の扉が、乱暴に開かれた。するとそこに立っていたのは……。
「なんだ、アイツは……!?」
全身を黒で統一し、顔に般若の仮面を付けた筋骨隆々な男。
右腕に一人の女子生徒を拘束し、左手には刃渡り10センチ以上の刃物を持っていた。下卑た笑い声を発しながら、そいつはゆっくりとこちらへやってくる。
俺は唾を呑み込み、手元にあったハサミを掴んだ。
ここでミレイを死なせるわけにはいかない。
「かかってきやがれ……!」
自分を奮い立たせるように。
俺は、そう小さく言葉を吐きだした。
「赤羽ミレイを出してもらおうか……ヒヒッ!」
黒ずくめの般若男は、気色の悪い声を発しながらそう言った。
俺はそいつの様子に若干の違和感を覚えながら、しかし引くことはない。しっかりと状況を判断して、どうにかしてミレイを守る。それだけしか考えていなかった。
まず確認したのは、相手の腕の中にある女子生徒のこと。
どこかで見た覚えがあるのだが……。
「あ……! アンタ、もしかして!」
「貴方は、あの時の……!?」
そして、同じタイミングで思い出したらしい。
俺たちは互いにそう声を上げた。男に拘束をされている女子生徒は、先ほどのリレーでミレイと交錯した上級生だ。膝に擦り傷がある。
おそらくは、競技を終えてあちらも治療にきたのだろう。
「た、助けなさい! ――これは命令です!!」
「この状況で、よくそんなこと言えるな!?」
女子生徒は混乱しているのか、俺に向かってそんな世迷言を口にした。
どうにも高飛車な性格をしているらしい。彼女は表情を引きつらせながらも、自分が助からないなどとは微塵も思っていない様子だった。
そんな上級生をちらりと見て、少し考える。
「後回しでいいか……」
「ちょっと、聞こえてますわよ!?」
――とりあえず、優先順位は下げてもいいかもしれない。
そう判断したのだが、それが思わず口に出てしまったらしい。女子生徒から思い切り非難の声が上がった。俺は苦笑いをしながら、彼女をなだめる。
「大丈夫。アンタの図太さなら、あと52年は生きれるから!」
「何を言ってますの!? それに、やけに具体的ですのね!!」
やはり、図太い。
この状況で、こちらにツッコむ余裕があるのだから。
俺はそれを聞いて、一つ息をついた。この状況において、この女子生徒の心配をする必要はないだろう。寿命を見たところ、52年先まで未来があるのだから。
それだとしたら、ミレイの危機を回避することを考えなければいけないかった。しかし、打開策が見当たらない。得物の差は大きい。
しかも、体格の差も考慮に入れなければならないだろう。
「さて、最後に考えないといけないのは……」
俺は、少しだけ視線を窓へと向けた。
すると反射して見えたのは――。
「これなら、いいか……!」
そこで、覚悟を決めた。
深呼吸をして、震える手をぐっと握りしめる。
戦えるはずだった。いいや、戦わなくてはならない。そうでなければ、何のための『イ・リーガル』だ。何のためのファミリーだ。
大切な子を守るために、俺はこの道を選んだのだから……!
「――――行くぞ!」
「ヒヒッ……!?」
次の瞬間に、俺は一気に駆け出した。
完全に不意打ちになったのだろう、男は短く声を上げて一歩後退。
そして女子生徒を投げ出し、刃物を振り上げるのだった。俺は一か八か、向かって左に転がる。すると、カイン! という軽快な音。相手の得物が床を打った。
「今だ……!」
俺は即座に立ち上がり、男へと距離を詰める。
そして、力いっぱいにハサミを突き出した。それは間違いなく男の脇腹を抉る。
「グギィ……!?」
苦悶の声を上げる相手に、俺はさらに蹴りを加えた。
狙うのは膝から下。素人の蹴りでも、一程度のダメージを与えられる脛だ。
その判断は果たして功と出た。男はもんどり打って倒れ込む。すると、相手の手にあった得物は床に転がった。俺はそれを見て、そちらへと駆けだす。
しかし――。
「ちっ……!?」
「まだだァ……! この、クソガキィ!」
男の判断も早い。
そのため、最後は競争となった。
果たしてその結末は――。
「終わりだァ……!」
俺の、負けだった。
床に倒れ込んだこちらに、刃物を突き付ける男。
女子生徒の悲鳴が木霊して、それがついに振り下ろされた。
「待って! 貴方の目的は、私なのでしょう!?」
「ミレイ……!?」
その時、ついに彼女が声を上げてしまった。
男の手にした刃物は、俺の喉元で動きを止める。そして、ゆっくりと視線を声のした方へと向けた。俺もそちらに目をやると、足を引きずりながら立つミレイの姿。
だが、絶体絶命と思える局面で俺は確信した。
この勝負は――。
「がっ……!?」
俺たちの勝ちだ、と……。
俺は笑った。
何故なら、ミレイの寿命は大きく延長されていたから。
それならもう、ここでの俺の役割は終わりを迎えたと言って良い。その証拠に、流れは一気にこちらへと傾くのだった。
「だあああああああああああああああああああああああああっ!?」
「がっ……!?」
絶叫と共に現われたのは――タイガ。
頬に傷を負った彼は、サッカーで鍛えたのだろうその足で思い切り男の側頭部を蹴った。なにかが砕ける音が耳に届く。そして、横倒しになった男の手からこぼれた刃物を奪い、俺は立ち上がってそれを突き付けた。短い悲鳴を上げた般若の男は、隙間から震えた眼差しを向ける。
「さすがだね、我がライバル……」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょう?」
こんな時でも調子のいい発言をするタイガに、俺は心底から呆れた。
しかし、内心で感謝する。彼がこなかったら、確実に死んでいただろうと思った。ミレイの寿命を確保できたなら、俺としては十分だけど。
それでも彼女を守るのは、傍にいるのは俺でありたかった。
「あ、まて――!」
そう思っていた矢先に、タイガが声を上げる。
俺は少しだけ反応が遅れたが、どうやら男が隙を突いて逃げ出したらしい。
だが、とっさに追いかけようとするタイガを俺は止めた。首を左右に振って、とりあえず警察に連絡するんだ、と。それに彼は同意し、スマホで警察を呼んだ。
だけれども、俺は奴が捕まらないだろうと予想していた。
それなのになぜ、俺は相手を逃がしたのか。
その理由は――。
「あと1分、か……」
あの男の寿命が、もうじき終わりを迎えようとしていたから。
死に方までは分からないが、原因はおおよそ想像できた。
「きっと、アイツが向かうのは人気のない場所だ」
俺は勘を頼りに、校舎裏を目指す。
そして、もう少しでそこにたどり着く、という瞬間に――。
「………………っ!」
乾いた音がした。
しかし、それには体育祭で使うそれよりも生々しさがあった。
俺は陰に隠れて、様子をうかがう。誰かが話している。しかし、くぐもった声であるそれからは性別はおろか、誰の物なのかはまったく分からない。
息を呑んで、耳を澄ませた。すると聞こえたのは――。
「ホント、使えないわね」
そんな一言だった。
それ以上の言葉はなく、淡々と遺体の処理を済ませる集団。
俺は、ここまでと踏んでその場を後にした。焦ってはいけない。いまはその集団が存在している、そのことを確認できただけで十分だった。
だけど、いつかは相対するだろう。
何故だろうか。
自分は一介の高校生に過ぎないと理解しているのに。
その予想だけは確信に近い、不思議な感覚が胸にあったのだ。
◆◇◆
体育祭から、数日が経過した。
ミレイはやはり骨折しており、しばしの入院を余儀なくされた。
今日は日曜日。彼女の入院しているところへ、お見舞いに向かう予定だ。
「うわー、減ってるな」
鏡を見て、俺は前髪を掻き上げながらそう漏らした。
とりあえず、入院先にはアレンがいてくれるから安心だろう。そんなわけだから俺は、束の間の穏やかな朝を過ごしていた。
そうしていると、おもむろに海晴が顔を出す。
「なにが減ってるの? ――まさか、若禿げ?」
「うっせ! 余計なこと言うな!」
そして、そんな日常的なやり取り。
軽口を叩きあいながらも、笑い合う、そんな平和な時間。
「お兄ちゃん。次、私が使うから早く代わってよ」
「あー、分かった分かった」
俺は最後に、もう一度だけ鏡を見た。
そして、一つ頷いてからその場を後にする。
この選択をしたことを、後悔はしない。むしろ、誇ろう。
俺の寿命は――あと、5年。
それまで、俺はきっとミレイのことを守り続ける。
ミレイが入院してから2週間が経過した。
もうそろそろ、松葉杖を使いながらだが退院できるとのこと。送迎はアレンの運転する車になるが、とりあえずはまた彼女と学校生活を送ることができるのだ。
しかし、それまでに色々なことが発生していた。
これはミレイの入院期間中に起きた事件である。
「ん、俺に会いたい人がいるって……?」
それは体育祭の翌週の昼休み。
購買で買ってきた焼きそばパンを食べていると、田中がそう声をかけてきた。
なにやら緊張した面持ちで、俺の返答に言葉なく何度も頷いている。それほどまでにガチガチになる来客とは、いったい誰のことだろうか。
タイガ――は、違うと思う。アイツは人を使って俺を呼び出したりしない。教室に堂々と入ってきては、馴れ馴れしく話しかけてくるのだ。
「だとしたら、誰だ?」
自慢ではないが、俺は自分のクラス以外の人とはあまり絡まない。
だから、こんな時に思い当たる相手がいないのだ。
「まぁ、なにか授業の関係だろ」
でも考えたって仕方ない。
俺はそう思い、おもむろに立ち上がった。
そして、その人物がいるという教室の前に向かう。すると――。
「あ……アンタは、あの時の」
そこには、どこか見覚えのある女子生徒がいた。
肩ほどまでの黒髪に、端正な顔立ち。目元に泣きぼくろがあり、勝ち気な眼差しをこちらに向けている。腕を組んだその上には、たわわな果実が2つ乗っていた。
背丈は俺より少し低いくらいだが、態度も相まってそうは思えない。
「アンタ、とは失礼ですわね。わたくしの名前をご存じなくて?」
「申し訳ないっすけど、知らないっす」
こちらの呼び方が気に入らなかったらしい。
彼女は眉間に皺を寄せた。そして、そう訊いてきたので素直に答える。そうすると女子生徒はどこか、信じられない、といった表情になり震えてこう言った。
「ま、まぁ――それは良しとしましょう」
いや絶対、良しとは思ってないね。
そう思ったが、口には出さなかった俺、賢い。
というところで、改めて彼女は居住まいを正してこう名乗った。
「では、自己紹介しますわ。わたくしの名前は――|御堂(みどう)アカネ」
大きな胸を張って、こう誇る。
「かの世界的に有名な、御堂財閥の令嬢ですわ!!」――と。
◆◇◆
「で、そんな財閥令嬢サマが、俺なんかに何の用で?」
「言い方に棘がある気がしますわね。別に構いませんけれども……」
そんなこんなで。
俺たちは、二人で中庭にやってきていた。
学生たちが休み時間を楽しむそこは、ぶっちゃけたところアウェイだ。リア充の巣窟など滅べばいいのにと、そう思うくらいにカップルが戯れている。
イチャイチャするなら、目につかないところでお願いしたいところだった。
しかし、ゆっくり話すにはここが最適な場所であることに間違いない。なので、手頃なベンチに腰かけて俺たちは言葉を交わすことにした。
「話というのは、他でもありませんわ」
仕切り直し、とばかりにアカネはそう言う。
俺が首を傾げると、彼女は真っすぐにこちらの顔を見て続けた。
「貴方――わたくしの、ボディーガードになりなさい」
そう、命令口調で。
しばしの間を置いてから、俺はようやく声を発した。
「…………はぁ?」
なに言ってんだ、コイツ。
そんな、素直な気持ちをありったけ乗せて。
「ふふん、名誉なことですから驚くのも仕方ありませんわね!」
だが俺の反応をどう受け取ったのか、彼女は鼻を鳴らして誇らしげに言った。
そして、こちらの答えなど聞かずにこう口にする。
「もちろん、タダでとは言いませんわ。相応の対価を支払いましょう」
「相応の対価って、俺はまだやるとは――」
「さしあたって、契約料で1000万円といったところでしょうか」
「――いっせん……!?」
その金額に、思わず咳き込んでしまった。
なにを考えているんだ、この子は! なにかの冗談だろう!?
そう思ったのだが、至って真面目にアカネは俺の目を見てこう口にするのだった。それは少しばかり、聞き逃すことができない内容で……。
「実はですね、わたくしフランスのマフィアに命を狙われてますの」
「…………なんだって?」
俺は、ついついそう訊き返していた。
「本当ですわ。金銭目当てでしょうけれど、まさか海外の組織に狙われるなんて――さすが、わたくしですわね!!」
「なぜに、そこで自慢げになるのか。そこだけは疑問なんですけど?」
「とにかく、この条件でいかがですか?」
「いかがですかって……」
ツッコみを入れながら、苦笑い。
どうにも真偽こそ不明ではあるが、アカネが本気なのは確かだった。
それに、フランスのマフィア、という単語が引っ掛かる。本来マフィアといえばイタリアが発祥であり、フランスにもあれど数は多くないはずだった。
そうなると『イ・リーガル』が無関係、とは言い切れない。
「………………」
そこまで考えてから、俺はあることを確認した。
そして、大きくため息をついてから……。
「分かった。いつまで、護衛すればいい?」
アカネに、そう答えた。
すると彼女は待ってました、と言わんばかりに頷く。
「期間は今週末のパーティーが終わるまで。よろしくお願い致しますわ」
「……今週末、か。分かったよ」
俺が了承すると、令嬢は満足げに笑って立ち上がった。
「それでは、今日の放課後からお願いします」
そう言い残し、去っていく。
俺はそんなアカネの後ろ姿を見ながら、呟いた。
「今週末の、23時――か」
それは、彼女の寿命。
どうやら、俺は結構にお人好しらしい。
「……で、アカネはどうして俺に頼もうと思ったんだ?」
「しれっと呼び捨てですのね。構いませんが」
さて、そんなわけで。
俺はアカネの護衛を務めることとなった。
とはいっても、タイムリミットである週末――日曜の23時までは、情報を集める以外にないのだけど。そんな中で俺には気になることがあった。
それが今ほど訊ねたこと。
数多にあるであろう選択肢から、俺を選んだのか、だ。
「そうですわね……」
「普通に考えて、学生に頼むことじゃないだろ? それに、あの御堂財閥の令嬢だってならなおのことだ。本職がやるべきことだろ?」
とくに理由はない、と。
そう言いたげに首を傾げる彼女に、俺はそう言った。
文句のつけようのない正論のように思われるそれ。しかしながら、
「落ち着きなさい。理由はありますわ。それは――」
それは、いとも容易く。
「女の勘、ですわ!」
そんな、間の抜けたものによって覆された。
言葉もでない。この女の子は自身の安全を、そんなあやふやなもので守ろうとしているのだから。開いた口が塞がらないというのはこのことだった。
しかし、その勘も馬鹿には出来ないのだな、と。
俺だからこそ、そう思えた。
「わたくしは貴方に可能性を感じました。それ以上の理由がありまして?」
「…………はぁ」
思えたけど、ため息しか出ない。
自信満々なアカネの姿を見ていると、呆れが前に出てくるのだった。
いいや。考えようによっては、彼女は彼女で大物なのかもしれなかった。さすがは御堂財閥のご令嬢。考えることが常人の一歩先を行っている。
だが、とにもかくにも。
請け負った役割はこなさなければならない。
金銭に興味がないといえば嘘になるが、それ以上に気になることがあった。
「それで? フランスのマフィアに狙われてるって言ってたけど……」
そう。それだった。
アカネはハッキリとそう口にしたのだ。
フランスのマフィアに命を狙われているのだ、と。
「その組織の名前って、分かってるのか?」
「意外と興味を持ちますのね」
「まぁ、ね」
俺の関心を引けたのが嬉しいのか、彼女は怪しく微笑んだ。
素っ気なく答えながら、返事を待つ。すると――。
「『イ・リーガル』――という組織のようですわ」
「…………!」
あまりに平然と、アカネはその名前を口にした。
俺は不意を打たれたように息を呑む。嫌な予想は当たるものだ、と思う。
「先日、情報が入りましたの。日本に潜伏しているその一団が、金銭目的に私を狙っている――という、ね。もっとも、眉唾ではありますが……」
ふっと笑いながら、そう語る彼女。
しかし、俺にはそれが嘘ではないと分かる。
『イ・リーガル』全体の方針は、今の俺には理解できない。それでも、彼らがアカネの命を奪おうとしているのは、間違いないように思われた。
甘い考えを捨てるんだ。
元々、彼らは闇社会の住人なのだから――。
「それで、今日はどうしましょうか?」
「……え?」
真剣に考え込んでいると、またもや不意を突くようにしてアカネ。
自然な流れで俺の手を掴んで、微笑むのだった。
「せっかくですから、エスコートして下さるかしら?」
そして、悪戯っぽくそう言う。
それはつまり、どういうこと……?
「さぁ、行きますわよ! 庶民の遊びを教えてくださいまし!!」
「え、あ、ちょっ……!?」
だが、こちらが理解するより先にアカネは俺を引きずっていく。
目が点となった俺。これが、彼女とのちょっとした珍道中の始まりだった。
「――ふぅ。少しは、楽しかったですわ」
「はいはい、そうですか……」
夕暮れの住宅街を歩きながら、俺たちはそう言葉を交わす。
結局あの後は、アカネの気の向くままに街中を散策することになった。彼女はあらゆるものに興味を持ち、これはなにかと、子供のように訊いてくる。
その姿はどこかミレイにも似ているような気がして、放っておけなかった。
とはいえ、あの子と決定的に違うのは、その傲慢さだがな!?
そんなわけだから、これといった好意を抱くようなイベントは発生しなかった。
俺の心の中には常にミレイがいるのだから。仕方ないね!
「ところで、ミコト。貴方に訊きたいことがあるのですわ」
「ん、なんだよ」
そう思っていると、不意にアカネがそう言った。
俺はぐったりとうな垂れながら答える。
すると飛んできたのは、
「貴方は、赤羽ミレイとどういった関係ですの?」
俺とミレイの関係を問うものだった。
「ん、関係……?」
「えぇ、そうですわ。噂を聞くに赤羽ミレイと貴方は、毎日一緒にいるらしいではないですか。それでは、貴方にとっての赤羽ミレイは、なんなのですか?」
「俺にとっての、ミレイ……」
アカネの言葉に首を傾げてしまう。
俺にとってミレイという存在は、なんなのか。
それはすなわち、俺が彼女のことをどう思っているか、ということ。だとしたらそれは、考えるまでもない。気持ちは一つだった。
「何よりも大切な、大好きな女の子だよ」
それは今さらなもの。
俺はそんな彼女を守るために、今までやってきた。
その自負があるから、アカネの問いかけに真っすぐに向き合える。
「そう、ですのね……」
こちらの回答に、どこか気落ちしたように息をつく令嬢。
だがすぐに気持ちを切り替えたのか、俺を見つめてこう口にした。
前触れもなく。
それは、あまりに唐突な宣告だった。
「――なら、急ぎなさい。あの子を失いたくないなら」
「え…………?」
瞬間、背筋が凍るような感覚。
そんな俺を見て、アカネはゆっくりと口を開いた。
◆◇◆
「くそ、油断した……!」
俺はミレイのいる病院へと駆けていた。
それは一般的なそれではなく、ひっそりと隠れている。いわゆる闇医者だ。そこに彼女はいるはずなのだが、
「ちっ……! もぬけの殻かよ!」
辿り着いた時、廃墟のようなビルの中には誰もいなかった。
悪態をつきながら、なにか手がかりがないかを探す。アレンとミレイは一緒にいたはず。しかし、セキュリティの理由で俺は二人の連絡先を知らなかった。
自白剤や拷問で、俺がそれを吐く可能性があるからだ。
だが、今はそれが裏目に出ている。
「でも、アカネはどうして俺に――」
焦りを抱きながらも、俺はふと財閥令嬢の言葉を思い出した。
彼女はふっと息をついた後にこう言ったのだ。
『いま、わたくしのSPたちが赤羽ミレイの確保に向かっています。彼女を失いたくない、そう思うのならお急ぎなさい? ――手遅れになる前に』
それを聞いて、俺は一目散に駆けた。
そうして今に至るのだがその時、不意に背後から声がする。
「ミコトちゃん、きたのね……」
「ダース!?」
それは、聞き覚えのあるものだった。
振り返るとそこには、額から血を流したダースの姿。
壁にもたれかかるようにして腕を押さえている彼に、俺は駆け寄った。すると気が緩んだのか、息も絶え絶えに膝をつくダース。
自嘲気味に笑いながら、こちらを見て言う。
「完全に、油断したわ。まさかこの場所を知られるなんてね……」
「ミレイは!?」
苦悶の表情を浮かべるダース。
それでも、余裕を失った俺は詰問した。
するとまた一つ、小さく笑ってから彼はこう答える。
「連れて行かれたわ……。アレンも一緒に、ね」
「…………!」
そこで、息を呑む。
まるで心臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚に襲われた。
呼吸が荒くなる。深呼吸をして、それを抑え込もうとするが上手くいかない。すると、そんな俺を落ち着けようとしたのか、ダースが肩に手を置いてきた。
「ミコトちゃん、いま頼れるのは貴方だけ。落ち着いて……?」
「…………あ、あぁ」
懇願するような彼の言葉。
唇を噛んで、気持ちを切り替える。
俺は一度目を閉じてから、ゆっくりとそれを開いた。そして――。
「ミレイは、どこに連れて行かれた?」
強くダースに見つめ返して、そう問いかける。
そんな俺を見て、満足げに笑んで彼はこう口にするのだった。
「相手は、御堂財閥の雇った警備部隊。場所は――」
ふっと、消え入るような声。
俺の耳に届いたのは、少し意外な場所だった。
普通に考えれば、マフィアの関係者を捕まえたら然るべき機関に任せるのが筋だ。しかし、俺がダースに告げられたのは予想だにしない場所。
御堂邸――すなわち、アカネの家だった。
この街の中でも最も有名な一族。
それも当然だ。世界的に名を馳せている財閥なのだから。
実際に見たことはなかったけれど、その華麗なる一族が住まう家は豪邸と呼んで間違いないものだった。いいや、外観は西洋の城に近い。
門の前には警備員のオジサンが、さながら門番のように立っていた。
ここだけが異世界だ、と。
そう言われても納得できる場所だった。
「どうして警察――国に任せないんだ?」
草葉の陰から門を睨み、俺はそう呟く。
さっきも言ったが、そのような危険な団体を捕らえたなら相応のところに任せるのが当たり前だと、そう思われた。娘の誘拐を企てていると知っていたなら、なおのこと。しかし、御堂家の特殊部隊は自分たちから攻勢を仕掛けて、ミレイを連れ去った。
考えれば考えるほど、違和感だらけだ。
やってることが逆だった。これでは、まるで……。
「やっぱり、きましたのね」
「へ……?」
あれ、なんか背後から聞き覚えのある声が。
「…………なんで、ここにいるんすか?」
「わたくしの家の前ですよ。いてもおかしくはない、そうでしょう?」
振り返ると、そこにいたのはアカネだった。
彼女は小声でそう口にすると、スッと俺の隣にやってくる。
「いやいやいやいや。ここは、そういう場面じゃないでしょ?」
「場面……? なにを言っていますの」
「なんでもないです」
俺が思わずツッコみをいれると、眉間に皺を寄せてそう言われた。
怒っているような声に、つい引き下がってしまう。
仕方ない。今は流すとしよう。
「……で? どうしてアカネが、こっちにいるんだよ」
咳払い一つ。
俺は単刀直入に本題へと入った。
するとアカネは、少し悩んだような素振りをしてから答える。
「わたくしも、おかしいと思っていましたの。殺害予告があったのが、体育祭の前でした。それなのに、国はおろか警察にも届を出さないのです」
「それは、親御さんが……ってことか?」
「えぇ、そうですわ」
確認すると、それを肯定するアカネ。
俺はその異様な対応に、さらに大きな疑問を抱いた。
やはり、この事件はおかしいのだ。なにかが、普通でないなにかが動いている。そう考えなければ辻褄が合わない、そう考えられた。
もしかして、すべてが仕組まれている……?
「いいや、決めつけるな。考えるんだ」
俺は決まり文句を口にする。
思考を巡らせ、様々な可能性を探した。
しかし、今回ばかりはこれ以上の結論は導き出せない。
「ミコト。貴方に改めて、護衛を命じますわ」
「……アカネ?」
考え込む俺に、アカネはそう言った。
それは再度、ここで共同戦線を張ろうというそれ。
俺は少し悩むが、一つ頷くのだった。これが今できる最善策のはずだ。
「分かった。でも、一つだけ条件がある」
「条件? なんですの?」
こちらの返答が予想外だったらしい。
彼女はほんの僅か、目を見開いてそう言った。そんなアカネに俺は、
「絶対に、死ぬな。それは――俺が許さない」
一言、そう告げる。
真っすぐに、その勝ち気な目を見つめ返して。
小指を一本立てて、約束しろと、そう迫るのだった。
「……ふふっ!」
そうすると、アカネは口元を隠して笑い始める。
次第にそれは大きくなり、静かな空間に、ちょっとだけ残響した。なんとか堪えて、彼女は同じように小指を出して答える。
反対の手で、目元に浮かんだ涙を拭いながら。
「面白いですわね、貴方は。『あの時』から変わっていませんわ」
そう言って、指を軽く絡ませた。
「分かりましたわ。絶対に死にません――約束です」
強い眼差しを向けて、アカネは微笑んだ。
俺はそれを心強く思う反面、責任感を抱いていた。何故なら――。
「では、行きましょう。裏口に案内しますわ!」
「あぁ、分かった」
アカネに従って、進んでいく。
その最中にも、俺は彼女の頭上から目を離せないでいた。
――あと、2時間。
アカネの寿命は、さらに短縮されていた。
裏口から御堂邸に侵入すると、すぐにその物々しい空気に気付いた。
違和感と呼べばいいのか、俺はそれをアカネに確認する。
「いつも、こんなに人がいるのか?」
「そんなわけがありませんわ。わたくしを誘拐する話が出た時も、ここまでの警備ではありませんでした。これではまるで、奥に何かがあると言っているようなものですわね……」
自身の家の異変に眉をひそめた彼女を隣から見て、俺は顎に手を当てた。
そして、少しばかり思考を巡らせる。
「ということは、ダースの情報は正しかった、ってことか」
「ダース……? どなたですの、それは」
「仲間だよ、俺のな」
だが、すぐにやめた。
いまはミレイを助けることに集中しよう。
きょとんとしたアカネに短く答えて、俺は前を向いた。長く続く廊下にいる黒服を数える。目視で分かるのは、3~4人といったところか。
いや、本当に注意すべきなのは人の視線よりも……。
「なにか、こう……赤外線の探知機とかって、あるのか?」
「ありますわよ。当然ではありませんか」
「いや、当然じゃねぇよ」
危ないところだ。確認しておいてよかった。
あるのが当たり前と思っている彼女が、それをわざわざ忠告することはない。一般家庭の常識が通じる場所ではないことを、改めて頭に叩き込んだ。
ここはそうだな、海外映画の中の世界だと思っておこう。
「しかし、そうなると……」
俺は考えながら、小さくそう漏らした。
なにかしらの策がないと奥にも進めない、ということになる。
そうなると、だ。やはりこの家の内部に詳しいアカネに頼るのが、最善手だろう。そう思って、周囲を警戒しながら彼女に問いかけた。
「探知機の類がないルート、ってあるのか?」
「ありますけど、警備が固まっているでしょうね」
「だろうな。でも、さっきから何も言わない、ってことは――アカネも探知機の止め方とか、知らないんだろ?」
俺の言葉に、アカネは小さくなる。
「そう、ですわね。申し訳ないですが……」
「じゃあ、決まり。そうなると、見つかるのは時間の問題。つまり――」
「ミコト? 貴方、もしかして馬鹿なこと考えたりしてませんわよね?」
「馬鹿なことじゃねぇよ。考え得る中で最善の手だ」
こちらの考えを読んだのか、唖然として訊いてくる彼女に俺は笑いかけた。
怖いとか、そんなこと言っていられないのだから。
だからハッキリと、こう宣言した。
「強行突破、これしかない。最短ルートでな」――と。
◆◇◆
「本気ですの……?」
「ここまできて、尻込みなんて出来ないだろ?」
「そんなことを訊いてはいません! 我が家の特殊部隊は、それぞれ武道のエキスパートが揃っています。そんな中に飛び込もうだなんて、正気の沙汰では――」
「大丈夫だって。こっちには、これがある」
廊下を進みながらも、反対してくるアカネ。
そんな彼女に、俺は懐からある物を取り出して示した。
「貴方、そんなものどこで……!?」
「託されたんだよ。仲間からな」
それは、一丁の拳銃。
弾は計6発。心許ないが、仕方ない。
そしてこれを見て、アカネは一つの結論に至ったらしい。
「やはり貴方も、赤羽ミレイも――『イ・リーガル』の関係者、ですのね」
「……………………」
これ以上は隠しようもないだろう。
それに、これは彼女の問題でもあるのだから、隠す方が危険だった。俺はそれを首肯して、これからどうするかを訊ねる。
するとアカネは一つ、ため息に近いものを漏らしてこう答えるのだ。
「ミコトに協力しますわ。どうやら『イ・リーガル』というのも、一枚岩ではない様子ですし。それよりも、そんな組織と御堂財閥がどんな関係なのか、そちらの方が余程わたくしにとっては重要ですわ」
「ははは、ずいぶんと威勢の良い令嬢さんもいたもんだな」
「狂っている貴方に言われたくありませんわ……」
「…………?」
彼女の言葉に思わず笑うと、何やら白けた表情を向けられた。
なんで……? 俺、なにか変なことしてるか?
「……っと。さすがに人が多くなってきたな」
「奥――おそらく、赤羽ミレイが拘束されているのは金庫ですから。この警備の数を見ると、予想通りですわね」
「それじゃ、ちょっとばかり確認……」
「なにをしてますの?」
アカネの不思議そうな顔を尻目に、俺は鏡で自分の寿命を見た。
そして、廊下の先にいる――5人の黒服のそれも見る。
なるほど、これなら……。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「ミコト……!?」
俺はまるでコンビニに行くような気楽な声で言って、黒服の前に姿を晒した。
一直線に駆け出して、彼らのもとへと迫る。
「なっ……!!」
すると、想定外だったのか一番手前の男が短く声を上げた。
しかしエキスパートと言われるだけあって、とっさに身構えようと試みる。――が、こちらの方が一手先を行っている!
「――――――――っ!」
懐に飛び込むと、俺は思い切り一人目の顎を掌底で打ち抜いた。
素人とはいえ、手加減なんてなしの一撃だ。軽い脳震盪を起こした男は、膝から崩れ落ちる。でも、これで終わりではなかった。
最小限の動きで倒したものの、残りの4人には気付かれてしまう。
彼らは俺を見ると、各々に行動を起こした。
4人のうち3人は、ナイフを持って迫ってくる。
そして、最後の1人は奥で銃を構えた。
「迷うな……っ!」
俺はすかさず銃を取り出し、反動に備えつつ構える。
頭ではない。狙うのなら、彼らの胴だ。それならまったくの素人である俺でも、外す可能性は多少低くなるはずだった。
「これでも、ゲーセンの成績は良いんだよ……!」
トリガーを引く。
すると、4発放ったうちの3発が命中した。
1人目は手首に、2人目は太ももに、そして3人目はつま先に。彼らはまさか当たると思ってなかったのだろう。突然の痛みに、うずくまった。
しかし、相手が動けなくなったことを確認している暇はない。
俺は次に奥の1人へ向かって駆けだした。すると、相手は狙いを定め――。
「――死ね、ガキが!」
躊躇なく、撃った。
だけど俺は、それに驚くことはない。
そして足も止めたりはしない。真っすぐに、男へ向かって――!
「なっ!?」
「悪いな、俺の寿命はまだ先なんだよ!!」
銃弾は、俺の頬を掠めていった。
確実に殺したと思っていたらしい黒服は、瞬間の隙を見せる。
その刹那に――。
「がはっ……!」
俺は男の右肩を撃ち抜いた。
銃を奪い取って、その頭に突き付ける。
これで、生涯初めての銃撃戦は終わりだった。
「よし……! もういいぞ、アカネ!」
男たちが動かないのを目視で確認してから、後方に控えた令嬢を呼ぶ。
すると、彼女はこちらを見て一言こう口にした。
「何者ですの、貴方……」――と。
「――金庫は、この先ですわ」
「そっか。ところで、鍵はどうなってる?」
「普段なら閉まっていますけど、こればかりは行ってみないと……」
俺たちは地下への階段を下りながら、小声でそう情報を共有する。
先ほど倒した男たちからは情報を引き出せなかった。その代りといっては何だが、アカネがどこからか取り出した縄で縛る時に、武器をごっそりと奪った。
ナイフに拳銃、そして驚いたのは手榴弾まであったこと。
誤爆しないように気をつけながら持ち歩く。
「やっぱり、ここにもいるか。そりゃそうだよな……」
音を殺すようにして進むこと10分弱。
金庫があるという地下に辿り着くと、そこには先ほどと同様に黒服がいた。
それでも、部屋が狭いこともあってか人数は2人。しかし今までと異なるのは、その男たちの体格だった。一目見て、近接戦では勝てないと分かる。
もしかしたら、防弾仕様の何かしらを身に着けているかもしれなかった。
そう考えると無策に突っ込むのは、あまりに下策といえるだろう。
だとしたらどうするか。俺はふとアカネを見た。
そして……。
「――――あ」
ある秘策を、思いついた。
◆◇◆
「いや、まさか上手くいくとは思わなかったな」
「………………」
「それにしても、騙されやすい相手で良かった」
「………………」
「アカネもありがとうな。良い反応だったな!」
「………………」
「んー? アカネさん? どうしましたかー?」
作業をしながら、俺は無言のアカネに問いかけた。
すると彼女は小刻みに震えながら、涙目になって――。
「…………どうしましたか――じゃ、ありませんわよ!?」
そう、叫んだ。
地下室の中に響き渡る甲高い声。
耳にキーンとくるそれに、俺は思わず身を縮めた。
「ど、どうしたんだよ。なにを怒ってるんだ……!?」
「怒るに決まっているでしょう!? なんの相談もなしに、あんなこと!!」
そして目を白黒させながら訊ねると、そんなリアクション。
どうやらマジで怒っていらっしゃる様子だった。
「いや、たしかに相談なしでやったのは悪かった! でも――」
「分かってますわよ! 本気だと思わせないと、意味ないですものね!?」
がーっと、捲し立てるように。
アカネはその綺麗な顔を般若のように歪めながら、詰め寄ってきた。どうやら『アレ』が最善の手だと理解しながらも、本気で怖かったらしい。
まぁ、たしかに――。
「予告なし、人質作戦――ってのは、刺激が強かったか」
◆
俺はアカネの側頭部に銃を突き付けながら、男たちの前に立っていた。
引き金に指をかけて、相手が少しでも動けば彼女を殺せる、そんな状態で。それを見た男たちは明らかに動揺していた。しかし、どこかまだ余裕もあるようにも見えた。その理由がなにかは、俺にも分かっている。
なので――。
「ここまで、ありがとうな。アカネ」
そっと、彼女の耳元でそう囁いた。
すると今までキョトンとしていたアカネさん。
一気に青ざめて、警備の男たちに向かって声を荒らげた。
「お前たち、今すぐここから立ち去りなさい!? わたくし、ここで死にたくはありませんわ!! ――死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!?」
それは真に迫った演技――ではなく。
心の底からの、生への執着というやつだった。
◆
そんなこんなで、今に至るというわけで。
アカネはげっそりとし、大きく肩を落としながらこう言った。
「冗談ではなく、寿命が10年は縮みましたわ……」
「あぁ、それは大丈夫。縮みようがないから」
「どういう意味ですの……」
俺の切り返しに半眼で睨んでくる彼女。
そんな視線を無視して作業を進めること、さらに数分ほど。まるで部屋の入口のようで、されど重厚な造りがされた金庫の扉に、手榴弾のセットが終了した。
「あとは、起爆するだけ――と」
「貴方、本当に肝が据わってますのね」
俺が一つの手榴弾を手に額の汗を拭うと、アカネが疲れた声で言った。
肝が据わってる、と言われても首を傾げるしかない。俺はあくまで、ミレイのことを救いたい一心で動いているだけだったから。
「そんなことどうでも良いから、離れよう。そうしないと、本当に死ぬぞ?」
「断 固 拒 否 致 し ま す わ !!」
てなわけで、移動である。
そして階段の中ほどから、俺は起動した手榴弾を一つ放り込んだ。
すると、数秒の間を置いてから――。
「うおおおおっ!? 思ったよりもやべぇ!!」
「死にたくない死にたくない死にたくない!!」
轟音が鳴り響いた。
御堂邸全体が揺れたのではないかと錯覚する。
それほどの衝撃だった。だが、どうやら上手くいったらしい。
「開いてる、な。よし行こう」
金庫には、大きな穴が開いていた。
俺は自分の寿命を確認して、慎重にその中へと足を踏み入れる。
果たして、中にいたのは……。
「……ミコト、くん?」
「ミレイ! それに、アレン……!」
寿命の短い、最愛の少女。
そして、血まみれで意識を失ったアレンだった。