ミレイが入院してから2週間が経過した。
 もうそろそろ、松葉杖を使いながらだが退院できるとのこと。送迎はアレンの運転する車になるが、とりあえずはまた彼女と学校生活を送ることができるのだ。
 しかし、それまでに色々なことが発生していた。

 これはミレイの入院期間中に起きた事件である。




「ん、俺に会いたい人がいるって……?」

 それは体育祭の翌週の昼休み。
 購買で買ってきた焼きそばパンを食べていると、田中がそう声をかけてきた。
 なにやら緊張した面持ちで、俺の返答に言葉なく何度も頷いている。それほどまでにガチガチになる来客とは、いったい誰のことだろうか。
 タイガ――は、違うと思う。アイツは人を使って俺を呼び出したりしない。教室に堂々と入ってきては、馴れ馴れしく話しかけてくるのだ。

「だとしたら、誰だ?」

 自慢ではないが、俺は自分のクラス以外の人とはあまり絡まない。
 だから、こんな時に思い当たる相手がいないのだ。

「まぁ、なにか授業の関係だろ」

 でも考えたって仕方ない。
 俺はそう思い、おもむろに立ち上がった。
 そして、その人物がいるという教室の前に向かう。すると――。

「あ……アンタは、あの時の」

 そこには、どこか見覚えのある女子生徒がいた。
 肩ほどまでの黒髪に、端正な顔立ち。目元に泣きぼくろがあり、勝ち気な眼差しをこちらに向けている。腕を組んだその上には、たわわな果実が2つ乗っていた。
 背丈は俺より少し低いくらいだが、態度も相まってそうは思えない。

「アンタ、とは失礼ですわね。わたくしの名前をご存じなくて?」
「申し訳ないっすけど、知らないっす」

 こちらの呼び方が気に入らなかったらしい。
 彼女は眉間に皺を寄せた。そして、そう訊いてきたので素直に答える。そうすると女子生徒はどこか、信じられない、といった表情になり震えてこう言った。

「ま、まぁ――それは良しとしましょう」

 いや絶対、良しとは思ってないね。
 そう思ったが、口には出さなかった俺、賢い。
 というところで、改めて彼女は居住まいを正してこう名乗った。

「では、自己紹介しますわ。わたくしの名前は――|御堂(みどう)アカネ」


 大きな胸を張って、こう誇る。




「かの世界的に有名な、御堂財閥の令嬢ですわ!!」――と。


◆◇◆


「で、そんな財閥令嬢サマが、俺なんかに何の用で?」
「言い方に棘がある気がしますわね。別に構いませんけれども……」

 そんなこんなで。
 俺たちは、二人で中庭にやってきていた。
 学生たちが休み時間を楽しむそこは、ぶっちゃけたところアウェイだ。リア充の巣窟など滅べばいいのにと、そう思うくらいにカップルが戯れている。
 イチャイチャするなら、目につかないところでお願いしたいところだった。

 しかし、ゆっくり話すにはここが最適な場所であることに間違いない。なので、手頃なベンチに腰かけて俺たちは言葉を交わすことにした。

「話というのは、他でもありませんわ」

 仕切り直し、とばかりにアカネはそう言う。
 俺が首を傾げると、彼女は真っすぐにこちらの顔を見て続けた。



「貴方――わたくしの、ボディーガードになりなさい」



 そう、命令口調で。
 しばしの間を置いてから、俺はようやく声を発した。

「…………はぁ?」

 なに言ってんだ、コイツ。
 そんな、素直な気持ちをありったけ乗せて。

「ふふん、名誉なことですから驚くのも仕方ありませんわね!」

 だが俺の反応をどう受け取ったのか、彼女は鼻を鳴らして誇らしげに言った。
 そして、こちらの答えなど聞かずにこう口にする。

「もちろん、タダでとは言いませんわ。相応の対価を支払いましょう」
「相応の対価って、俺はまだやるとは――」
「さしあたって、契約料で1000万円といったところでしょうか」
「――いっせん……!?」

 その金額に、思わず咳き込んでしまった。
 なにを考えているんだ、この子は! なにかの冗談だろう!?
 そう思ったのだが、至って真面目にアカネは俺の目を見てこう口にするのだった。それは少しばかり、聞き逃すことができない内容で……。

「実はですね、わたくしフランスのマフィアに命を狙われてますの」
「…………なんだって?」

 俺は、ついついそう訊き返していた。

「本当ですわ。金銭目当てでしょうけれど、まさか海外の組織に狙われるなんて――さすが、わたくしですわね!!」
「なぜに、そこで自慢げになるのか。そこだけは疑問なんですけど?」
「とにかく、この条件でいかがですか?」
「いかがですかって……」

 ツッコみを入れながら、苦笑い。
 どうにも真偽こそ不明ではあるが、アカネが本気なのは確かだった。
 それに、フランスのマフィア、という単語が引っ掛かる。本来マフィアといえばイタリアが発祥であり、フランスにもあれど数は多くないはずだった。
 そうなると『イ・リーガル』が無関係、とは言い切れない。

「………………」

 そこまで考えてから、俺はあることを確認した。
 そして、大きくため息をついてから……。


「分かった。いつまで、護衛すればいい?」


 アカネに、そう答えた。
 すると彼女は待ってました、と言わんばかりに頷く。

「期間は今週末のパーティーが終わるまで。よろしくお願い致しますわ」
「……今週末、か。分かったよ」

 俺が了承すると、令嬢は満足げに笑って立ち上がった。

「それでは、今日の放課後からお願いします」

 そう言い残し、去っていく。
 俺はそんなアカネの後ろ姿を見ながら、呟いた。


「今週末の、23時――か」


 それは、彼女の寿命。
 どうやら、俺は結構にお人好しらしい。