――さて。
色々と試してみて、分かったことをまとめていく。
まずこの数字はその人間の寿命で、まず間違いなかった。最近亡くなった有名人など、その写真を見てみるとピタリと当てはまったからだ。
そして、もう一つ。
これは意外なことでもあったのだけど、人の寿命というのは常に動くものらしい。
運命で決まってるとか、産まれた時から決まってるとか。そういうのではなくて何かの拍子に、コロッと寿命が延びたりする。逆もまた然り。
同級生の寿命を日々確認して、それがよく分かった。
というか、この力に目覚めた初日に目をこすって、それだけで寿命が1日延びたのだ。そのことを考えると、運命というやつは案外に気紛れなのかもしれない。
で、ここからが本題なのだけれど。
俺はこの力を使って、これから何をするのか――ということだった。
例えば今にも死んでしまいそうな人を救ったり? そういった正義の味方的な活動に勤しむのか、と。そう訊かれたら答えはノーだ。
「日々これ、平穏なり……」
俺は机に突っ伏して、そう口にする。
凄い力が宿ったとしても、俺は平凡な高校生に他ならない。
人一人に出来ることなんてたかが決まっているし、下手をすれば逆効果になったり、という可能性だってあった。だとすれば、何もしないのが一番だ。
俺は平凡な高校生活を送る。
そう決めたのだった。
「おう、坂上! 今日、転校生が来るって知ってたか!?」
「……ん、マジ?」
……と、思っていた時だ。
早速、日常的ではないイベントが発生した。
もっとも、夏休み明けのこの時期に転校生がくるのはおかしくない。だったら、俺の日常は変わることなく過ぎていってくれるはずだった。
「マジだよ。しかも、かなり可愛いって話だぜ?」
「へー……」
テンション高く話すクラスメイトに、俺はやや生返事。
興味がまったくない、と言ったら嘘になる。だが興味津々だと言ったら、それはそれで嘘になるのだ。要するに宙ぶらりん。
ソワソワはしないけれども、ちょっとしたワクワク。
そんな感じだった。
「おーい、席に着けー!」
「お! 噂をすれば、やってきたぜ!」
さて。そんなわけで、その女の子の登場だった。
俺はまだ眠たい頭を持ち上げて、黒板の方へと目をやる。すると――。
「――かわ、いい」
俺の心は、一瞬で奪われてしまった。
黒板に書かれた名前は――『赤羽ミレイ』といった。
ハーフなのか、瞳の色は蒼く。色素の薄い、長い髪の美少女だった。透き通るような肌の色に、整った顔立ちは見る者を惹きつけて離さない。
スラリとした体躯に、紺色のセーラー服は良く似合っていた。
「赤羽は……坂上の隣が空いているな。そこに座りなさい」
「はい……」
あまり明るい性格ではないのだろう。
赤羽は担任の指示に従うように頷くと、こちらへとやってきた。
「……よろしく」
そして、俺と目が合って一つ会釈。
着席して、おもむろに机を寄せてきてこう言った。
「教科書、まだないの。見せてくれる……?」
少し、上目遣いに。
俺は完全に硬直していたが、高速で首を縦に振って机の中に仕舞いっぱなしだった教科書を引っ張り出した。それを広げると彼女はまた一つ頷いて、
「ありがとう」
小さく微笑んで、そう口にした。
瞬間――俺の頭の中で、教会の鐘が鳴り響く。
可愛すぎる――!
なに、この可愛い生物!
俺は悶えそうになるのを、どうにか堪えて笑い返す。
ぎこちないそれに、赤羽はまた小さく笑うのだった。
「…………」
こういう非日常だったら、全然歓迎だなぁ……。
俺は先ほどまでの決心を思いっきり方向転換して、天井を見上げた。
◆◇◆
――翌日、俺は満面の笑みで登校した。
こんなに学校にくるのが楽しいなんて小学生の頃、近所のさっちゃんに惚れてた時以来だ。嬉しい出来事があると寿命も延びるのか、俺はさらに長生きになっていた。100の大台を突破である。
「おっはよう!!」
そんなわけで、先に教室にきていた赤羽に元気よく声をかけた。
すると彼女は律儀に頭を下げて――。
「おはよう。坂上くん」
そう、言った。
「え…………?」
だけど、俺の思考はそこで凍り付いた。
その理由というのは、彼女の頭上にある。
昨日までは、どこにでもある普通の人のそれだった。
だけど今朝のそれは……。
「う、そ……だろ?」
今日この日の16時を示していた。