さてさて。
 そんなこんなで、体育祭当日。
 俺はぐったりとした朝を迎えて、すでに全身筋肉痛な身体を無理矢理に動かした。入念にストレッチを行ってから、いつもよりさらに早く公園へ向かう。
 そこでミレイと合流して、雑談しながら高校へと――走った。
 なんでもウォーミングアップだとか、なんとか……。

「…………はぁ」

 そんな愉快な朝を終えて、俺は大きくため息。
 いいや。気持ちを切り替えるんだ。今日が終われば、地獄の練習からも解放される。そう思えば一日を頑張ろうと、そう思えるような気がした。
 それと忘れてはいけないのは、タイガのこと。
 彼の命もまた心配であった。いや、寿命的には大丈夫なんだけど、社会的に。

「やあ、逃げずに来たようだね! 我がライバルよ!」
「いやいや。いつの間にライバルになったんすか?」

 そんなことを考えていると、ついに体育祭が始まった。
 するとすぐに、俺たちのもとに件の彼がやってくる。
 何故かライバル宣言をされているわけだが、もはや気にしていられない。適当にツッコみを入れてから虫を決め込もうと、そう思った。だがしかし……。

「少し、時間をもらえるか。坂上くん」
「へ……?」

 なにやら指名を受けることになった。


 ――で。
 そのまま校舎裏に連れて行かれて、真っすぐに向き合うことに。
 二人きりという状況にうすら寒さを覚えるが、とりあえず相手に敵意を感じられなかったので流すことにした。しばらく時間をかけてから、タイガはこう言う。


「僕は赤羽さんを愛している」――と。


 それは、今さらながらな宣言だった。
 俺は「さいですか」と、小さくそう答える。すると彼は、

「確認だが、キミの気持ちも聞かせてほしい。坂上くん」

 そう口にして、目を細めた。
 つまるところ俺のミレイへの気持ちを言えと、そういうわけか。
 それとなると、引き下がることは出来ない。なので真っすぐにタイガの目を見て、こう告げるのだった。


「俺は心から、ミレイを幸せにしたいと思っている」――と。


 曇りなき心を。
 それを聞いたタイガは、くすりと笑った。そして、

「いいだろう。それなら――」

 こちらへと歩み寄り、すれ違いざまにこう言う。


「勝負だ。彼女を賭けて……!」


◆◇◆


「九条さんと何をお話していたんですか?」
「ん、別に。というかミレイ、タイガのこと知ってるんだ」
「ええ、以前に少しだけお話をしたことがあります。取り留めもないことですが」

 陣営に戻ると、ミレイとそんな会話をする。
 彼女がタイガのことを知っているのは少し意外だったが、そんなこともあるのだろう。俺はとくに気にすることなく、今日のプログラムを確認した。
 そして、ミレイにこう伝える。

「……あ、そろそろ借り物競争じゃない?」

 そう、次はミレイが楽しみにしていた競技だった。
 俺の言葉を聞いた彼女は、ハッとした表情になって駆け出す。その後ろ姿を見送って、俺は自分の競技の時間までを潰そうと、借り物競争の観戦に切り替えるのだった。とりあえず、ミレイの出番だけはしっかりと目に焼き付けないと……。

「よいしょ、っと……!」

 思って俺は、家から持ってきた一眼レフを構えた。
 そして、まずは整列する彼女をパシャリ。

「そろそろ、ミレイの番だな」

 そのまま待つこと数分。
 いよいよ彼女の順番が回ってきた。
 パーンと弾ける音と共に、ミレイは一直線に走り出す。そして他の誰よりも先に、借り物の書かれた紙を手に取って――。

「……ん、どうしたんだ?」

 俺は首を傾げた。
 何故なら、紙を開いた瞬間に彼女は硬直したから。

「難しいものでも引いたのか……?」

 まずそう思ったが、硬直するほどの物とは何だろうかとなる。
 他の学生が散っていく中、ミレイはしばしそのままでいた。しかし突然に動き出したかと思えば、何やらこちらへと一目散に走ってくる。
 どことなく頬を赤くして、俺のもとへやってきた。

「ミコトくんっ! えっと……!!」

 そして、視線を泳がせるミレイ。
 なんだ……? 彼女は、なにを探している?
 目の動きを追うと、どことなく俺を中心に回っているように思えた。だから、

「もしかして――!」

 俺はハッとし、確信をもって言う。



「この一眼レフか!?」
「違います!!」



 いつになく、ハッキリと否定されてしまった。

「え、だとすると……?」

 俺は頭を悩ませる。
 腕を組んで唸っていると、ミレイが急いだようにこう言った。


「わ、私と来てください! と――とにかくっ!」
「ふえっ!?」


 そして、思い切り俺の腕を引く。
 されるがままについて行くことになったが、いったいなんだろうか。
 走っている間にミレイの顔を見ようとすると逸らされるし、何やら耳まで真っ赤になってるし。謎は深まるばかりだった。
 けれども、どうにかこうにかゴールイン。
 ミレイは素早く紙を担当の教員に手渡していた。すると、

「ほほう……」

 その教員は、顎に手を当ててにやりと笑う。
 そして、俺たちがまだ手を繋いでいるのを確認して言うのだった。


「お幸せにな」――と。


 …………どういうこと?
 俺は首を傾げるしか出来なかったが、ミレイは意味が分かったらしい。
 とうとう爆発したのか、頭から湯気を出しながらうずくまってしまうのだった。それを見て笑う教員に、困惑する俺。

 そうして、体育祭の一日は過ぎていく。


◆◇◆


「……で、結局なんだったの?」
「い、言いませんから!! ……その、まだ駄目です」
「…………ん? それって、どういう意味?」
「とにかく、駄目なものは駄目なんです!!」

 陣営に戻って訊ねると、珍しく怒られた。
 プンスカと、子供のように頬を膨らせたミレイ。
 そんな彼女も可愛らしいと思えてしまうのは、さすがに惚れ過ぎかな、とも思う。でも可愛いものは可愛いのだし、この感情は正常なものだとも思われた。

「……でも、楽しかったです」
「そっか、それは良かった」
「はい……!」

 何はともあれ、彼女は満足しているようで。
 俺もそのことに安心して、微笑む。そうしているとミレイはおもむろに、こう語り始めた。

「本当に、楽しいです。こんな生活に憧れていたのです」
「ミレイ……」

 それは、今までの自身の境遇を振り返ってのこと。
 組織の騒動に巻き込まれて、命を狙われ、そして各国を転々としてきた。それを思うと彼女の今までの人生は、過酷という言葉では足りないのかもしれない。
 だが、そんな苦労を微塵も感じさせない笑顔を浮かべて彼女は言った。

「私、ミコトくんに会えて本当に良かったです!」

 それは、こちらにとっても嬉しい一言。
 俺はそれを受けて思わず、

「きゃっ……!?」
「あ、ごめん……」

 まるで、かつて海晴にしていたようにミレイの頭を撫でていた。
 彼女は少し驚いたのか、軽く身を縮める。しかし、拒絶することはなく――。


「本当に、ありがとうございます……」


 顔を真っ赤にしながら、そう漏らすのだった。

「あぁ、どういたしまして」

 俺はそう答えて笑う。
 そして改めて、本気で彼女を守ろうと、そう誓った。


 しかし、その時だった。
 一陣の風が舞い、目を閉じた次の瞬間。



「―――――――っ!?」



 ――また、だ。
 また、ミレイの寿命は大きく縮んでいた。