それは休み時間に起こった。
 いくら護衛をするといっても常にそばにいる、というわけにはいかない。だがせめて目の届く範囲にいるようにする。それだけは約束だった。
 そんなわけで俺は、自分の席に気怠く座りながらミレイのことを眺めている。彼女はいま、他の女学生から誘われて何やら雑談をしていた。

 たどたどしい様子で受け答えするミレイ。
 しかし、そんな光景もまた日常の一場面だった。
 本日は平穏なり。彼女の寿命も大きく変化していないし、大丈夫だろう。

 そう思っていた時だった。

「坂上ってさ、赤羽と仲良いよな?」
「ん、なんだよ急に」

 不意に、そう声をかけられる。
 それは前の席の男子生徒――名前は田中。

「いいよなぁ! どうしてお前が、学園のアイドルとお近付きになってるんだよ!」

 彼はそう言って頭を抱えるのだった。
 ちなみに、学園のアイドルというのはミレイのこと。
 今さらながら彼女は学校の中でも一、二を争う美少女だった。そのため転校初日から校内は彼女の話題で持ち切りとなり、今では知らぬ者のいない有名人だ。
 もっとも、あの子がそれを自覚しているかは不明だが……。

「なんでって、隣の席だし……」
「そうだとしても、一緒に登下校とか聞いてないんですけど!? お前、自分が学校内で噂されてるの知らないのか!?」
「……え、俺もかよ」

 それは初耳だった。
 彼女と登下校するようになって数日だが、もう噂になっているのか。

「まぁ、それには事情があってだな。笑ってもいられないんだ」
「どんな事情でも羨ましいよ。替われよ~……」
「はははは……」

 田中が大きくうな垂れる。
 彼にミレイの素性を聞かせたら、どうなるだろうかとも思った。
 きっと、顔を真っ青にして先ほどの言葉を撤回するのだろう。言わないけど。

「さて、と――ん?」

 馬鹿げたことを考えている自分にも、軽く苦笑いしつつ。俺は視線をミレイの方へと戻した。すると、ある変化に気付く。
 なにやら女子生徒が騒がしい。
 それに、ミレイも見当たらなかった。どうしたのだろうか。

「どこいくんだ? 坂上」
「いや、ちょっとトイレに……」

 俺は適当に嘘を口にして田中を振り切り、教室の外へと出た。
 そして、右手を見るとすぐに異変に気付く。

「なんだ、この人だかりは……?」

 それは、人の波だった。
 男女比は半々といったところか。
 みなが口々に何かを言って、背伸びしながら何かを見ていた。勘ではあるが、ミレイはきっとこの奥にいるような気がする。
 そんなわけで例に漏れず、俺も背伸びをして奥を見た。
 するとそこには――。

「あ、ミレイだ。……男子生徒と、話してる?」

 やはり、彼女がいた。
 そしてその正面には一人の男子生徒。
 顔ははっきり見えなかったが、スラリとした体躯の三年生だ。

「なぁ、いったいどうしたんだ?」
「ん――告白だよ、告白!」
「あぁ、なるほど」

 近くにいた生徒に訊ねて、すぐに状況を理解した。
 なるほど。それは、もはや見慣れた光景の一つだった。
 先ほども述べたように、ミレイはすでに学園のアイドルとなっている。そんなわけだから、一日に複数人から告白される、なんてのもザラにあった。

 しかし、こんなに騒ぎになっているのは――なんでだ?

「まぁ、いいか。危険があるわけでもないし……」

 俺は彼女の寿命をしっかり確認して、教室に戻ることにした。
 すると、それとほぼ同時に……。

「あ、決着したのか」

 女子生徒の『えー!?』という声。
 それと、男子生徒の歓喜の声が聞こえた。
 つまるところは、そういう結果だったのだろう。俺はそれならと、ミレイが戻ってくるのを待った。そして、人波が流れるのを待つこと数分。

「お疲れ、ミレイ」
「あ、ミコトくん!」

 彼女が戻ってきた。
 念のために、俺はこう訊ねる。

「で、どうしたの?」――と。

 すると、彼女はこう答えた。

「えっと、お断りしました……」

 それを聞いて、俺は少しだけ胸を撫で下ろす。
 だけどそれ以上は特に気にすることなく、こう言うのだった。

「それじゃ、教室に戻ろうか」
「はい、そうですね!」

 俺の言葉に、柔らかく微笑むミレイ。
 穏やかなその表情に、こちらもまた自然と微笑むのだった。

 日常の一幕。
 それは何てことなく、過ぎ去っていくのだった。