腐敗した石を磨り潰して作ったインクにペン先を浸す。透明だった硝子ペンは、勢いよく昇ってきた黒に染まっていった。
ペン、という筆記具が使われなくなって、もうどれだけの時間が過ぎたのだろう。
人類が、筆記という動作を捨てたのは、つい最近。西暦という暦が終わって幾許も経っていなかった頃だったと、僕は主治医から聞いていた。
科学の発達は、人からあらゆるものを奪った。
僕は、そう、認識している。
手術は無事に成功し、僕は自由に動けるようになったけれど。西暦時代、失われた世界への未練は、感情の大半を失っても捨て切れる物ではなかった。
廃棄物置き場と呼ばれる、地上に残ったゴミの中でも我々に有益な情報をもたらしてくれる可能性がある物を、まとめて残してある場所。本当にゴミの山と化しているその場所に、僕は足繁く通った。
少しでも昔の状態を保っているものを見つけてきては、一人、それを眺めていた。
そうして時間は流れ、僕は一人の気の合う友人と出会う。彼と二人で、僕らはとっておきの部屋を作り上げた。
針の折れた蓄音器、壊れたオルガン、刃こぼれしたペーパーナイフ、色褪せた地球儀。
木製の机の上にはぼろぼろのノートと筆記具が置かれていて、その横には少し破れて綿の飛び出したうさぎのぬいぐるみが転がる。
壁面にぶら下がった振子時計は、時を刻んでいる。
その部屋の中は、あの日で止まることなく、絶えず時間を刻み続けている。