「アル。これが最終確認だ。本当に、いいんだね?」
 僕にとっては、一夜の眠りから覚めたぐらいの感覚なのに。今、目の前にいる、僕がよく知っているはずの医師は、幼さの残る青年から貫禄のある初老の男性になっていた。
「何度聞かれても、僕の答えは変わりませんよ。あなたも、僕がそう答えると知っていたから起こしたのでしょう? 三十年を超える長い眠りから」
 深い皺が刻まれた医師の顔には若い頃の面影が残っていて、間違いなく僕の病を何年にも渡って熱心に診てくれていた主治医だとわかる。
「……ああそうだ。しかし医師としては患者に最終確認を行うのが義務でね。特に、こんな酷い治療法を試みるのだから」
 何を今更。僕にはこれしか生きる術がないんだ。受け入れる他に選択肢はない。
 三十年以上経っても、僕の身体を蝕んだ病の治療法は、見つかってはいなかった。それどころか。
「この世界では、僕の病の治療法はこれ以上の研究が進まない。皆、ただこの世界で生き抜くことに必死で、それどころではなくなってしまった。あなたに起こされてから数日しか経っていないけれど、そんなことはすぐに理解できましたよ」
「だからといって、自分が研究を進めている人体改造を用いて、自分の患者を延命しようだなんて。君は酷いとは思わないのかい?」
「あなたが起こしてくれなかったら、僕はきっと永遠に眠ったままだったでしょう。この、緩やかに死んでゆく地球で。それに、あなただからこそ、僕はこの身体を差し出せる。あなたは今や、歴史に己の名を残した希代の名医なのだから」
 ぼりぼりと後頭部を掻きむしりながら、医師は無理矢理苦い笑顔を作る。
 彼は、僕を起こすことで、医学に大きな進歩をもたらした。
 世界歴三十一年。コールドスリープの完成である。
「だからあなたは、本当に素晴らしい医師ですよ。僕にとってはね」
 そうしてやっと彼は、僕に手術内容の最終確認を取り始めた。外見と脳はこのまま。身体の中は、人工物に入れ替わる。近年になってようやく解明された永久機関を動力とした、いわゆるサイボーグというやつだ。
「ひとつだけ。手術の際、僕の感情に手を加えることも、今の医学では可能ですよね? 怖がりで寂しがりやの僕は、もう現実を受け入れることができそうにない」
 心が、壊れてしまう。
「そうだな。現代医学では、不可能ではない。だが、そんなことをすれば、本当にアルが、アルでは無くなってしまう」
「そんなの、この手術を受ける時点で、人間の僕は消えてなくなるではないですか」
 とびきりの怖がりで、寂しがりやで。そんな僕は、不治の病に侵されたとき、ただただ死ぬことが怖かった。だから、藁をも縋る思いで、未だ完全な完成には至っていなかったコールドスリープの被験者になることをえらんだんだ。
 僕はそうやって、いつまでも死から逃げ続ける。怖いものを遠ざける。
 渋る医師に、自身の感情の大半を奪うよう願った。どうか次に目が覚めたときには、今にも叫び出してしまいそうな恐怖から解放されていますように、と。