なに色? 教えてよ

 祈莉は普通の女の子だった。
 どこにでもいる極一般的な女の子。
 友達も多く、幼稚園では劇の主人公を演じるような活発で元気な女の子。
 でも5歳の時、急に発熱をする。
 家族も病院の先生もただの発熱だと思って普通に薬を貰い家で安静にしていた。
 でも祈莉の熱はどんどん上がり呼吸も苦しそうになってきた。
 大きな病院へ移動するとすぐに入院する事になる。
 「最期になる事も覚悟しておいてください」
 嵐山先生が家族に最初に放った言葉だった。
 祈莉は生死の境目を1週間行き来して奇跡的にも熱は下がりみるみる元気になって行った。
 でもある日突然
 「お母さん、ずっと眼がボヤボヤする」
 と祈莉が言い始めた。
 検査をすると視力が極端に下がっていた。
 ''原因不明''
 4文字、そのたった4文字が祈莉と祈莉の家族を苦しめた。
 眼が見えにくいながらに学校には普通に通った。
 6歳の頃、祈莉は普通に生活するには不自由な程眼が悪くなっているも原因は分からないまま。
 それでも明るく振る舞い続けていた。
 仲のいい友達も出来てその子たちはいつも祈莉の事を助けてくれた。
 ある日、祈莉が学校のトイレに入っていると
 仲のいい友達同士の会話が聞こえてきた。
 「正直さ祈莉ちゃん、ちょっとめんどくさくない? 」
 「分かる。私も授業集中して聞きたいのに」
 「そうなんだよね。いちいち祈莉ちゃんのせいで授業止まったりノート見せてあげたりさ、こっちも疲れてくるよね」
 「分かる〜眼が見えないならそういうクラス言って欲しくない? 」
 「ほんとそれ。こういう事言うのはいけないって言うのは分かってるんだけどさ。毎日我慢してる私達だってたまにはストレス発散しないと」
 「だよねだよね〜」


 ショックだった。
 ただ、ショックだった。
 ずっと申し訳なくおもっていた。
 でもそれを表に出しては皆に失礼だと思ってずっと笑顔で明るく生きてきた。
 あの子達と一緒なら頑張れると思ってた。
 でもそう思っていたのは祈莉だけだった。
 仲良いと思っていた子達がああやって言ってるんだから他の人もそう思ってるに違いない。
 私は私の知らない所で人に嫌われていたんだ。
 1度そう思ってしまったら止まらなかった。
 ''祈莉ちゃん可愛い〜''
 ''もう祈莉ちゃん大好き〜''
 全部嘘だったんだ。

 祈莉は笑顔だった。ずっと笑っていた。
 でも心は閉じたままだった。
 祈莉が心を閉じた3日後、祈莉が9歳になって3日後、祈莉は倒れた。
 次に眼を覚ました時、祈莉の世界は真っ暗になった。
 追い打ちをかけるように言われた
 「もってあと5年でしょう」


 14歳の誕生日、病院にこもりっぱなしの祈莉に最後だと思われていた誕生日がやってきた。
 祈莉も家族も覚悟をしていたのに
 祈莉は普通に生きた。
 ロウソクに灯る火のようにいつか急にふっと消えてしまうんじゃないかと思いながら祈莉は15歳になり16歳になり17歳になった。
 祈莉は生きることにうんざりしているようだった。
 原因不明の病気は祈莉の眼だけじゃなく脳にも広がって来ていた。
 生きる希望なんて全くない、死んだも同然のような祈莉がある日急に元気になった。
 無邪気に笑ってある少年ことを話すようになった。
 少年の名は如月 梨久と言った。
 梨久と出会って祈莉は生きたいと思うようになった。
 梨久が教えてくれる外の世界の事を楽しそうに話す祈莉を見て家族は安心した。
 嬉しかった。
 祈莉のロウソクが強く輝いている瞬間を家族はもう一度見ることが出来た。
 ビックリした。
 衝撃だった。
 祈莉はいつも笑っていた。
 でもその笑顔の裏にはこんなにも辛くて悲しい事実が隠されていた。
 それと同時に今、祈莉と話せている時間をもっと大切にしなければならないと思った。
 祈莉はもう、いつ死ぬか分からない。
 そんな大切な時間を僕は祈莉から貰っていることを初めて自覚した。
 もしかしたらもう、会えなくなるかもしれない。
 怖かった。
 昨日まであった命が急に無くなるという恐怖を感じていた。
 祈莉と祈莉の家族は8年間もその恐怖と戦っている。
 「話してくれてありがとうございます。祈莉から連絡が来ることを待っていますね」
 「うん。待っててあげて」
 3人にお辞儀をして帰路に立つ。
 祈莉の為に僕に何が出来る? 
 家に着いても寝る時も学校でも考えた。
 考えて
 考えて
 考えたけど答えは出ない。
 毎日、毎日祈莉からの連絡を待ちながら
 考えた。
 僕に出来ること。

 でも僕が答えを出すより先に
 祈莉の家族と話して2週間後

 「明日、会える? 」

 祈莉から連絡がきた。
 ドアをノックする。
 「はーい」
 元気な返事が聞こえた。
 「久しぶり。梨久だよ」
 「梨久君! 久しぶり! 元気にしてた? 」
 「うん。身体、大丈夫? 」
 「平気平気」
 祈莉の視線の先に椅子を持って行って座る。
 「今日はね梨久君に新たな問題を出します」
 そういって手探りで本棚の本をスーッと辿り
 1冊明らかに飛び出してる本を手にとった。
 「何? これ」
 「写真集だよ」
 ページをめくると点字どころか字は1文字もなくただただ風景の写真が載っていた。
 「これを私に伝えて」
 1枚の写真を指さされる。
 「伝えるってどうやって? 」
 「そりゃ言葉で。私がこの写真を頭で想像できる感じでよろしく」
 来てそうそう難しすぎるだろ。
 写真を眺めるも良い伝え方なんて全く思いつかない。
 「え、うーん。空がオレンジで...海が、ほんとは青なんだけどこの写真だと空が反射して...オレンジ? これ何色だよ」
 祈莉が腹を抱えて爆笑していた。
 「待って待って、なんにもわかんないんだけど」
 「いやこれ難しすぎるから」
 「はぁー笑った〜。私にこれが伝わるくらい上手になってね」
 うわ〜意地悪そうな顔して笑うな〜
 「この2週間、梨久君は何してたの? 」
 急に話が変わった。
 「祈莉の為に何が出来るのか考えてたよ」
 さっきまで嫌な顔して笑ってたのに急にちょっとビックリしたような顔をして少し視線を外してまたニッと笑ってきた。
 僕は椅子をズラす。
 「答えはでたの? 」
 「いや、さっぱり」
 「じゃあ私が考えてあげる」
 少し沈黙が続く
 斜め上を見上げて瞬きを2、3回。
 少し目線だけ下げてまた目線を上に戻す。
 真剣に考えてるんだなと言うことがすぐにわかった。

 「ずっとそばにいてよ」
 「へ? 」
 間抜けな声が出た
 「ずっとそばにいて私の世界に色を付けて」
 真っ直ぐな眼でそう言われた。
 僕が祈莉の世界に色を付ける。
 簡単に言うけどとても難しい事だった。
 でも祈莉の世界に色をつけてやりたかった。
 「わかった」
 フフフと祈莉は嬉しそうに笑った。
 次は頬杖をついて
 「お母さんから聞いたけど梨久君、私の昔の話きいたんでしょ? 」
 「うん。聞いたよ」
 「じゃあさ梨久君の昔の話を聞かせてよ」
 「僕の昔の話? 」
 「そう。どんな子供だったとかそういうの」
 僕の昔の話か...。
 僕はどんな子供だっただろうか。
 「僕は普通の子供だったよ。そんな祈莉みたいに主役とかいう柄じゃなかったけどそれなりに友達はいたし頭もそんなに悪くない。極々一般的な人間だったんだ」
 一呼吸おく。祈莉は黙って聞いていた。
 「でも中学3年生の時に交通事故に巻き込まれて母さんと左腕を亡くしてそこから僕も父さんも抜け殻みたいになっちゃったんだ。今まで普通に接してきた友達からの対応が変わったり腫れ物みたいに扱われるのが嫌で、母さんが死ぬまで優しかった父さんともよく喧嘩をするようになって、生きることに極端に疲れたんだ。死のうと思った。死んだら楽になれると思って。その時に祈莉に声をかけられたんだ。祈莉があそこにいなかったら僕は今頃あの世だったよ」

 話し終わってチラッと祈莉の方を見る。
 「ねぇ、梨久君? 」
 なに? と聞き返す。祈莉は窓の外を見ていた。
 「今、世界は何色? 」
 急な質問にビックリした。
 話の内容とはかけ離れていたし話の内容になにも触れられなかったから。
 「世界の色...。オレンジの夕焼け空だよ。ちょっと端っこピンクっぽいけど」
 さっきみたいに陳腐な説明だけど祈莉は馬鹿にしてこずにフフッと微笑えんで
 1枚の紙を渡してきた。
 そこには点字で1文だけ書かれていた。
 「これは...」
 「いい言葉でしょ? 私が1番好きな言葉。梨久君、生きててくれてありがとう」
 1つの恥じらいもなく言ってくる祈莉の眼から眼が離せなかった。
 するといつもみたいな弾んだような声に戻って
 「いつ死ぬか分からないのは私も梨久君も同じだよ。人間何があるか分からないからね。似た者同士一生懸命生きようよ」
 似たもの同士、か。
 確かに祈莉の言うことは間違っていない。
 僕だって今日の帰り道、車に轢かれて死ぬかもしれない。
 「まぁ、1つ違いがあるとすれば余命過ぎてる私は余命∞、君はいつ死ぬか分からないって事かな」
 「意味わかんないよ」
 祈莉の意味不明な冗談に2人でクスクス笑った。
 あれから僕は定期テストや学校行事、
 祈莉は小さな検査などで何かと忙しかった。
 祈莉に出会った頃はまだそよ風が気持ちいい季節だったのに
 今じゃ蝉が必死にプロポーズ中。
 教室は冷房がガンガンに付けられ女子の中にはジャージを羽織る人もいた。
 今日もボンヤリ授業をやり過ごす。
 今日さえ乗り越えれば明日から夏休みだ。
 「なぁ、梨久は夏休み何すんの? 」
 「友達の所いくかな」
 「友達? だれだれ。もしかして彼女? 」
 「彼女なんかいないよ。普通の友達」
 なんで高校生ってすぐ彼女とか彼氏っていうワードに変換したがるのだろうか。
 意味が分からない。
 「プールとか行かねぇの? 」
 「プール? 」
 「ちょっと辻岡、如月にプールは、あれだろ」
 「え? あ、あぁそっか。ごめんな梨久」
 「全然大丈夫だよ」
 ''あれ''ってなんだよ。
 なんでお前も''あれ''で通じるんだよ。
 別にプールくらい普通に行こうと思えば行くさ。行こうと思わないだけで。

 なんだか視線を感じた。
 彼女か彼女じゃないのかの話辺りから。
 そっちの方を向くと1人の女子と眼があった。すぐにそらされたけど。
 あれは確か清水...なんだっけ。
 考え事をしているとチャイムがなって高校2年生の一学期が終わりを告げた。
 ドアをノックしようと手をかけた瞬間。
 「私だってそんな事分かってる!!」
 凄い叫び声と何かが床に投げつけられた音が聞こえ
 次に「みのり! 」と言う声と共に祈莉のお姉さんが病室から飛び出してきてぶつかった。
 「すみません、だいじょ...」
 そこまで言いかけたがお姉さんはどこかへ走って言ってしまった。
 多分、泣いていたと思う。
 すぐにドアが閉まってしまったので良くない事と分かっていて聞き耳を立てる。
 これ以上病気が悪化するなら違う病院へ移動するのもありなんじゃないかという話だった。
 でも祈莉は嫌だと言って聞かない。
 「どうせいつか死ぬんなら最後まで楽しい気持ちでいたいの。そう思えるのがここなの」

 「梨久君がいるからかい? 」
 自分の名前が出てきてどきっとする。
 「梨久君がいると世界に色がついたように感じるの。今、私の生きる希望は梨久君なの。お願い。分かって。違う病院に行ったとしても何かが変わるわけじゃないでしょ? 原因不明なんだから。直接的な解決じゃないのに場所だけ変えて私から希望を奪わないでよ」


 祈莉の言葉を最後にだれもなにも言わなくなった。
 しばらくして「少しお互い頭を冷やそうか」と祈莉のお父さんが言って2人がこちらに近づいてきた。逃げる理由がなかったのでドアから2歩程下がって2人を待った。
 「梨久君、居たのね」
 そう言われるやいなや僕は頭を下げた。
 深く。下げた。
 「僕のせいで祈莉が、祈莉が少しでも生きられるかもしれない道を拒んでしまって申し訳ないです」
 2人は少し黙った。
 祈莉に会えなくなる。そう覚悟した。
 「頭を上げて梨久君。君のせいじゃない。ちっともね」
 「そうよ梨久君。ありがとうね。祈莉と一緒にいてくれて」
 そういう祈莉のお母さんは泣いていた。
 「さぁ、行ってあげて」
 胸が張り裂けそうだった。
 2人は祈莉に一日でも生きて欲しい、そう思ってるはずなのに。少しでも祈莉が長生きする道があるならそっちを選んで欲しいはずなのに。僕がいなければ祈莉は素直に病院を変えてそこで新しい発見があったかもしれないのに。
 祈莉の家族は今、祈莉の命と幸せ、2つを天秤にかけて苦しんでいる。
 それでも僕にはこうやって優しく接してくれた。

 1度深呼吸をしてノックをする。
 返事はない。構わずに開けた。
 「祈莉、」
 祈莉はこちらを向かずに「梨久君? 」と尋ねてきた。
 「うん。そうだよ」
 「また2週間会えないよ。検査だって。あんまり病状、良くなくて」
 いつもと違う。
 静かで今にも消えそうな声。
 ゆっくりとこちらを振り返る。
 祈莉は笑っていた。明らかに貼り付けた笑顔でこう言った。
 「笑っちゃうよね。眼の病気で死ぬなんて」
 祈莉に笑って欲しかった。
 心の底からちゃんと。
 どうしたら笑ってくれる? 
 考えるより先に勝手に口から言葉がこぼれた。
 「検査の間も点字、送ってよ。僕楽しみにしてるから。高校生の夏休みの事も沢山教えるから。祈莉はちょっと手間が増えちゃうかもしれないけどさ。沢山連絡とろうよ。祈莉のペースでいいから。僕に沢山、教えてよ」
 こんなちょっとキザっぽいセリフ、言ってから顔が熱くなるのを感じる。
 でも眼は逸らさない。真っ直ぐ見てそう言った。

 「私のペースに着いてこれるかな? 」
 笑っていた。
 「こっちのセリフだ」

 病院を出てすぐスマホが鳴った。

 『⠁⠓⠐⠡⠞⠉』

 「ありがとう」
 部屋にこもって課題をしていると
 ノックもなしに父さんが入ってきた。
 「おい、最近どこをほっつき歩いている」
 返事はしない。
 「お前もバイトして金を稼いだりもっとちゃんと勉強しろ。いつまでも遊び回るな」
 それだけ言い捨て部屋から出ていった。
 身体の中の酸素全部吐き出したんじゃないかくらいでっかいため息が出た。
 課題を進めるシャーペンの音だけが響く部屋にスマホのバイブ音がした。
 ▶『⠁⠝⠹⠐⠣⠟⠞⠫⠺⠉』
 ▷『暑すぎて溶けそう』病院の外には出れてるんだね良かったよ
 ▶正解!!うん、アイスも買ってもらった
 他愛も無い会話を続けながら近くの図書館へ向かう。最近の僕の日課だ。
 全盲の人の為の本や目が不自由な人について綴られている本を取り席につく。
 会話は祈莉の「検査行ってくる」という言葉に僕が「行ってらっしゃい」と返して終わった。
 本を読み進めて30分くらいたっただろうか。
 向かいの席に誰かが座ってきた。
 「ねぇ、もしかして梨久君? 」
 「え? 」
 ビックリして顔を上げると同級生の女子が座っていた。
 「何してるの? 」
 「本、読んでんの」
 「それくらい見たら分かるよ。ねぇ梨久君、私が誰か分かる? 」
 「同じクラスの、」
 「同じクラスの? 」
 「ごめん名前分からない」
 「うん、だよね。清水菜々」
 しみず、なな...
 いわれてもあまりピンと来ないことに若干申し訳なさを覚える。
 「ねぇ、梨久君。暇でしょ」
 「いきなり失礼だね」
 「こないだ学校で言ってた。彼女いないみたいだし。私も暇なんだよね」
 ふーんと返す。興味があまり湧かなかったから。てゆうか図書館で普通こんなに喋るか? 
 「ねぇ梨久君、遊びに行こうよ」
 「は? 」
 「お願い、ママがさ私に友達いないんじゃないかって心配するんだよね。皆部活でさ」
 「いや、なんで僕なんだよ」
 「今偶然出会ったから? 」
 「理由になってないよ」
 「お願いだよ」
 チラッと周りを見る。ヒソヒソ話してるとは言え、絶対迷惑だ。話を長引かせるのは妥当じゃない。
 「分かったよ」
 ほぼため息でそう返事した。
 「ありがとう。じゃあ3日後の10時に最寄り駅集合ね」
 勝手に予定を立てて勝手に立ち去ってしまった。
 すぐにスマホが震える。
 クラスLINEから追加したみたいで清水菜々から3日後の予定が再度送られてきた。
 正直億劫だ。
 「おはよ」
 「おはよ。ほんとに来てくれると思わなかった」
 「じゃあ帰ろうか」
 「ごめんごめん冗談だよ。行こ」
 スマホをちらっと見る。
 まだ祈莉からの問題は来ていない。
 「どこ行くの。僕行先聞いてない」
 「あれ、そうだっけ今日は水族館」
 「今日はって何」
 「さぁね」
 目的地に到着。
 死ぬ程暑かったので涼しい館内はとても有難かった。
 「わっ見て、タツノオトシゴ」
 「うん凄いね」
 「ほんとに思ってる? 」
 「思ってるよ」
 スマホを見る。
 通知はゼロ。
 タツノオトシゴを初めとしてペンギン、熱帯魚、イルカ、色々な魚を見た。
 清水菜々はいちいち反応がでかかった。
 多分僕は4匹に1回くらいスマホを確認していたと思う。
 こんなのが彼氏だったらきっと1日で破局するだろうな。
 後半になるにつれてスマホを確認する度に清水菜々に見られるようになった。
 なんとなく僕の中でつまんなそうにしとけば次は誘われないだろうと思っていたからちょっとわざとな所はあった。
 でも帰りの電車でまさかの一言。
 「明日はカフェ行こ。行きたいカフェがあるの」
 「え? 明日? 」
 「うん。明日」
 「カフェ? 」
 「うん。カフェ」
 「よく今日僕と一緒にいて明日もいたいと思えるよね」
 「一緒に居たくないと思われる自信があったってこと? 」
 「まぁそうだね」
 「大丈夫。安心して。思ってないから」
 彼女が何を考えてるか分からなかった。
 この会話をしてる時も笑顔1つなく車窓の外をじっと見て淡々と話してくる。
 「あ、私この駅だから。じゃあまた明日ね」
 「うん」
 スマホを見ると通知が1件。
 でもすぐに返さなかった。
 清水菜々からだったから。今日も暑い。
 灼熱だ。恐るべし夏。
 「ここ、ずっと来たかったんだよね。チーズケーキが有名な店。知らない? 」
 「知らないけど早く入ろう。暑すぎる」
 店に入ると小洒落て落ち着いた雰囲気の店にボーダーシャツをして腰からのエプロンをした女性が近づいてきた。
 「予約した清水です」
 「清水様ですね。こちらのお席へどうぞ」
 席に着くなり勝手に僕の分まで注文されて
 手際よく水が運ばれてきた。
 「僕がチーズ苦手だったらどうするの」
 「辻岡から誕生日に購買のチーズケーキ貰ってたじゃん」
 「あぁあの110円のやつか」
 「そうそう。あれ美味しいの? 私購買で飲み物しか買ったことないんだよね」
 「え、逆に自販機があるのになんでわざわざ購買で買うの」
 スマホをチラッと見る。
 僕がスマホを見て、置いてから彼女は話し始める。
 「自販機のカフェラテちょっと甘すぎるんだよね。購買のメーカーのやつの方が好き」
 「へぇ。飲んだことないや」
 「今度飲んでみなよ。美味しいよ。私もチーズケーキ食べてみる」
 「約1か月後に覚えてたらね」
 「覚えてるよ」
 お待たせしました〜とチーズケーキが運ばれてくる。
 ちっちゃ。これで飲み物込みで1100円。
 ただ味は確かに美味しかった。凄く。
 「うま」
 「美味しいね〜幸せ〜」
 いつも淡々と話す彼女だが美味しいものを食べると頬を緩ませて幸せそうな顔をした。
 「ねぇ梨久君。課題終わった? 」
 「まさか。まだ夏休み始まったばかりだよ」
 「だよね、明日家おいでよ。一緒にやろ」
 明日。
 明日は祈莉の検査がちょうど終わる日。
 ちょっと悩んだけど、そんな検査終わってすぐ「来て欲しい」なんて言われるわけないか。1人でゆっくりしたいよな。
 「うんいいよ」
 スマホを見ながらそう言った。
 ゴーっとクーラーの音が鳴り響く。
 課題が終わらない。
 家には僕と清水菜々だけだった。
 課題を1ページ片付けるごとにスマホを覗く。
 僕がスマホを覗く度に彼女もこちらに顔を向けた。
 今日はちょっといつもより多めに覗いてみる。もちろん祈莉からの連絡を待っているのもある。というかそれが理由のほとんどをしめているが純粋になんで清水菜々が僕をこんなに誘うのかが気になったからだ。
 すると案の定清水菜々は口を開いた。
 「梨久君っていつもスマホ気にしてるよね」
 「友達から問題が届くんだよ」
 「問題? 友達ってこないだ言ってた友達? 」
 「うん。祈莉っていう入院してる友達がいて、凄く重い病気のせいで眼が見えないんだ。僕なんかの事を生きる希望だと言ってくれた。僕もそれになるべく答えたいんだよ」

 清水菜々が黙る。

 「でもさ、」
 同時に僕のスマホが震える。
 ▶検査終わったよ。暇なら会いたいな
 「ごめん。僕帰るね」
 課題をまとめてカバンにしまう。
 立ち上がって部屋を出ようとした時、
 手を引かれた。
 「ねぇ、待って。聞いて。その子はさ梨久君の事が見えてないんでしょ? 私はちゃんと梨久君を見てるよ」
 1度息を吸ってゆっくり吐く
 「梨久君人の話を聞く時興味なかったら頬杖つく癖あるでしょ。古典の授業は絶対寝てるよね。そのくせ毎回テストいい点数取るし、人に物貰ってもそんなに嬉しそうじゃないくせにプリン貰った時だけちょっと嬉しそうだし」
 「気持ち悪いって思った? 」
 「何が言いたいのか僕には分からないよ」

 「梨久君が好きなの。祈莉ちゃんっていう女の子よりずっと前から」
 理解ができない。清水菜々がいう全ての事が理解できない。
 「祈莉は別に僕の事好きなんかじゃないよ」
 絞り出して言った言葉。
 「梨久君は何も分かってないよ。私も一応女だから分かるもん祈莉ちゃんは梨久君が好きだよ。そして梨久君も祈莉ちゃんの事が、」
 「僕の何を知ってるんだよ」
 ずっと早口で喋り続けていた清水菜々が黙った。こちらを一直線に見て。
 握られていた手がゆっくり離される。
 僕の腕がブランと下がってしばらくして
 「ごめんなさい」
 そう言われた。
 「いや、こっちこそ。ごめん」
 それ以上なんて言ったらいいか分からなくて
 彼女を置いて部屋を出た。
 ▷ごめん、今日は無理だ
 そう返信をして訳もなく家へ走って帰った。