無色。無音。無臭。
 ここにはなにもない。

 私には、なにもない。

 あるのは、今にも消えそうな命の鼓動と、精一杯流した一粒の涙だけ。だけどこの涙は、誰にも届かない。

「大丈夫よ、美和。あなたの病気は必ず治るから」

 透明なガラスの向こうでお母さんが笑う。ハンカチを持つ手が震えており、時折見せる深い悲しみの表情を隣に立つお父さんの肩で隠して、すぐにまた笑ってみせる。
 ごめんね。
 もう、お母さんの声が聞こえない。だけどこれまで幾千回と言われてきた謝罪の言葉は口を見ただけでわかってしまう。

 謝らないでって、いつも言ってるのに。

 そう言いたいのに、言えない。本当のことは、なにも言えていない。
 深いところへと落ちていきそうな意識を必死に呼び起こし、言葉を紡ぐ。しかし、声にならないまま、お父さんの声だけがはっきりと聞こえた。

「おやすみ。美和」

 そうして私は、眠りについた。