「地球ってね、誕生した直後もめちゃくちゃデカい隕石が衝突したらしいんだけど、」
「ひ、光…?この状況でその話題出すのはハードモードすぎるのでは…?」
「煩いな〜、いいから聞いてよ」
話すのをやめたら、すぐにでも意識は遠のいてしまうだろうことはとっくに気付いている。
目の前の男の頬に手を這わせる。元から体温が高い男だ。この1週間、彼の暖かさに救われてきたけど、今は氷のように冷たい。
「月は地球に落ちた隕石のかたわれらしいよ。小惑星が地球にぶつかって、2つに割れて、1つはどこかへ飛んでいった。もう1つは地球の引力につかまって月になったんだって」
「…てことは、このあと月が小惑星との再会を目指すイベントが始まるのか?」
「そうだよ。月、地球からちょっとずつ離れてたし、地球の束縛にうんざりしてたのかも」
「何その三角関係。全然きゅんとしねえわ」
鼻で笑った静流が、隙間を埋めるようにピッタリと体を寄せてきた。私は彼の背に手を回して、少しでも体温を共有できるように強く抱きしめる。
カサついた唇が頭のてっぺんに押し付けられる。
「なあ、光」
「うん?」
「俺たちが一緒に生きたのは1週間だけだろ?本音を言えば、全然足りなかった」
「…うん」
「でも、光とは月にウザがられるくらいイチャついた自信はあるんだよな。俺の死ぬまでにしたいことも、光がちゃんと叶えてくれたし」
「そうなの?」
「そうだよ。光、俺に利用されちゃったな?」
利用されたなんて思わない。この1週間の楽しかった記憶が輝いている。私だけが幸せだったかもしれないと不安に思っていたぐらいだ。静流が満足そうに笑ってくれて、本当に良かった。
「だから、今世はこれでよしとする。俺たちを見てた月がそろそろ嫉妬で狂っちゃうもんな」
「へえ。月、そんな感じなの?」
「男はみんなそんな感じだろ」
「あ、月って男なんだ。初めて知った」
「俺の方が2割り増しでイケてるけどな」
思わず吹き出すように笑ってしまい、そして、私たちの軽快な会話はこれが最後になった。
頭上で強烈な光が弾けて、爆風が私たちを襲う。静流が私の頭を掻き抱くようにして引き寄せた。彼の温もりが頬から伝わってくる。
後悔が押し寄せてきて息ができなくなる。
折目正しい安寧が私を救ったことなんてなかった。この人を避けたことは私の人生最大のミスだ。静流のことを思い出したのは一度や二度じゃない。タイミングが目の前に落ちてきても、拾うことをしなかったのは私だ。私が全部悪い。私を想ってくれている静流を大切にできなかった、最低な人間だ。
だから決めた。私はどこかの惑星の宇宙人に生まれ変わる。同じ惑星に生まれることができなくても、絶対に静流と再会してみせる。必ず見つける。今度こそ、私があなたを捕まえる。
「光。俺は月ぐらい辛抱強いからな。絶対にお前を探し出すから」
静流が私と同じことを考えていた。涙で静流の顔がぼやけていく。必死に涙を拭って、静流の穏やかな笑顔を網膜に焼き付けた。
落ちてくる巨大な隕石が頭上で白く輝いている。数秒後には、私たちは燃えて終わる。でも、人間視点の物語が終わるだけで、誰かにとっては始まりなのかもしれない。
迫り来る光の端に見えた月。静流の腕の中で死を迎える前に、ふと思ったことがある。再会した時、月は何て声をかけるのだろう。
静流だったらきっとこう言う。
久しぶり!やっぱり俺たち、イチャつき足りなかったよな、て。