私たちが中学2年生のときだ。体育祭が終わり、私と静流は、静流のお父さんの迎えを待っていた。祖母は足が悪かったから、私の保護者として静流のお父さんが付き添ってくれることはよくあった。

 保護者同士で会話に花を咲かせているのだろう。なかなか迎えが来ない。暇を持て余した私たちは砂弄りを始めた。

 絵しりとりをやり尽くして、次何する?となり、お互いの「死ぬまでにやりたいこと」のプレゼンを始めて、それが割と白熱したんだっけ。

 内容について私はほとんど忘れていたけど、静流は覚えていた。どうやら私は「オーロラ鑑賞」一択だったらしい。

「全っ然覚えてない」
「だと思ったわ。光、命拾いしたな?」
「私、命拾いしたのかあ」
「今度は俺の番な。はい、俺のしたいことリスト」
「…ちなみにこれ、テーマをお聞きしても?」
「子ども心を取り戻そう!荒んだ大人に効くあれやそれ一覧です」
「オーロラ鑑賞からの落差すごいよ?大丈夫?」
「あ?なんだよ?めっちゃ楽しそうだろ?」

 めっちゃ楽しそう、には完全に同意する。でも、静流が死ぬまでにしたいことは別にあるんじゃないだろうか。

「大丈夫大丈夫。これ全部達成すれば問題ないから」

得意げに笑う静流は嘘をついてるようには見えなかったので、彼の言葉を信じることにする。

 帰国してすぐ、私は静流の住むアパートの一室に転がり込んだ。彼の部屋は意外にもおしゃれにまとまっていて、居心地はすごく良い。

 静流の用意したリストを冷蔵庫に貼り、ひとつひとつ実行に移していく。

 1週間なんてあっという間だった。楽しくて切なくて、笑っているのか泣いているのか、自分でもよくわからなかった。静流がそばにいてくれる。それだけがたしかな現実だった。

 ジブリの朝ごはんを再現したり、なんとなく避けていた「バック・トゥー・ザ・フューチャー3」を今更鑑賞したり、夜中の3時に好きな曲を爆音でかけながらコンビニまで散歩したりした。

 カラースプレーたっぷりのアイスクリームを食べて、無人の公園で漫才を作って笑い転げ、お湯炊きし続ける湯船の中で2人揃って寝落ちして。

 私たちの愉快で最高な行儀の悪いあれやそれ。折目正しい安寧なんてどこにも見当たらない。大人だからなんていう煩わしい枷は取っ払って、静流と戯れ合うように過ごした日々は、私の宝物になった。

 実感なんて沸かなかった。始まったものには必ず終わりがやってくるのに、私たちは永遠を信じたくなるほどの幸福の中にいたから。


✴︎


「人間が滅んだらさ、牛がめちゃくちゃ繁殖するんだって」
「マジかよ。因果応報ってやつか」
「因果応報?」
「アイツらがどれだけ喰われたと思ってんだ。死ぬ前に食べたいものランキング不動の1位、焼肉だぜ?」
「主観強めのランキングを公式にするのやめてくれる?私はツナマヨおにぎりが食べたい」
「安上がりな女だな〜!ま、そういうところが好きなんだけど」
「あ、今の、全然響かなかったからやり直しね」

 簡易テントの中でたわいもない話をする私たちは、最後の時も変わらない。

 美しいオーロラの景色がもう懐かしく感じる。あの日も寒すぎて笑えなかったけど、今私たちの目の前には気温-50℃の世界が広がっていて、さらに笑えない。

 永遠の闇が訪れている。吐く息が白い。頬はこけ、お互いの唇の色も紫で。「死人みたいでブスじゃん」と2人で顔を貶しあった。

「お前、寒いの苦手だろ。もっとこっち来なよ」
「…ねえ、お尻に手があるんだけど」
「え、これお尻なの?通りで異様にフワッフワだと思った」
「嘘つくの下手すぎ。こんな時に何してんの」
「好きな女を目の前にして触らずにいろっていう方が無理だから」

 クスクスと笑い声が聞こえてくる。頬にわずかに籠る熱。周りの人の顔はもう見れない。この男は本当に、昔から何も変わらない。

 でも、未来を語ることをタブーとされてきた日々の中で、ほんのりと溢れた笑みは、間違いなくこの男が生み出したものだから、勝手に誇らしくなってしまう。

 気持ちが大きくなった私は、タブーとされた未来のことをあえて語ってみたくなった。