朝の5時まで自由解散とのことだったので、少しでも高いところを目指して坂を登っていく。静流は私が撮影する用の三脚を肩に担いで運んでくれている。私は人より少しだけ写真を撮ることが得意だ。

「それ、重いでしょ。肩死にそうになったら言って。交代するから」

 振り返った静流は、余裕そうな表情を見せたあと、私の耳当てのズレを直した。

「いいのいいの。俺にカッコつけさせて。んなことよりさ、カメラの設定は?もうバッチリって感じ?」
「あと少しだよ。F値はレンズで設定済だけど、シャッタースピードとISO感度は三脚設置してから調節しようと思ってる。シャッターは15秒でいけるとして、ISO感度は50か100かノイズの乗り具合を考えないと」
「うん、全然わかんねえけど、撮影に燃えてるってことは分かった」

 ポンポン。頭に乗せられた大きな手は分厚い手袋に覆われている。先ほど触れあった、静流の骨張った指の長い手を思い浮かべた。

「光ってずっと小さくね?」
「そんなことない。小学校の時は身長変わんなかったでしょ」
「そうだっけ?全然覚えてねえわ。じゃあ、手は?絶対小さいままだろ」
「それこそ覚えてないよ」
「はぐらかすんだ?ふーん、かわいいじゃん」

 この男はすぐにかわいいと口にする。もう何でもいいのかもしれない。かわいいの大安売りだと告げれば、違う違う、お前がかわいいを大安売りしてんだよ、もうずっとだよ、気付いてない?と笑っていた。

 丘の上には先客がいた。参加者は皆、簡易的な折り畳み椅子をセットしていて、私のように本格的な撮影に挑む人はいない。目に焼き付けておいた方がいいと考えてるからだろう。私もそう思う。

 無事場所を確保できたので、芝生の上にビニールシートを敷いた。

「うわ、ケツ冷た!やっぱ椅子が良かったな」
「貸出用残ってなかったし、我慢するしかないよ」

 冷たい冷たいと譫言のようにつぶやく静流が端に荷物を置いてビニールシートを固定する間に、私はカメラのセットを済ませた。

 足元を確認したあと、シートの上に腰を下ろす。おしりに違和感がある。凸凹していてなぜか暖かい。

「お前の席はここ」

 おしりが着地した場所は、あぐらをかいて座る静流の足の上だった。慌てて立とうとすれば、お腹に回された手に引き寄せられる。

 私を離すという選択肢は用意されていないらしい。私は静流を湯たんぽ代わりにしてしまおうと割り切るしかなかった。

 どれくらい待つことになるのかわからない。自然様の気分次第だ。電波も届かない場所で手持ち無沙汰になった私たちは、この旅行を振り返ってみることにした。

 レストランが少なくてご飯に困ったこと。現地民に謎に怒鳴られて慌てて逃げたこと。昼夜逆転生活がかなりきつかったこと。

 待って待って、この旅行って苦難続きだったってこと?そんなはずない。俺の計画は完璧なはずだから。レストランのご飯は?うーん、サンドウィッチ食べたよね、美味しかったっけ?いや、覚えてない。仮眠前に食べたポップコーンは美味かった。スーパーで買ったやつ?そう、チンして食べるやつね。あれってさ、半分以上焦がしたのに美味かったよな?今思えばちょっと怖くね?

「うわあ!」

 周りの人々から歓声が上がる。

 星が瞬く夜空に、緑とピンクのグラデーションが揺らめていた。次々と形を変えて、渦を巻いて、様々な色に変化していく様は生き物のようだった。

「オーロラやべえな。めっちゃ動くじゃん」

 静流の宇宙を秘めた瞳がキラキラと輝いていて、目が離せない。頭上ではうつくしいオーロラが出現しているのに、私は静流に見惚れている。

 きっとそういうことなのだろうと、思い知ってしまう。

 三脚からカメラを取り外して、静流にレンズを向けた。ピントを静流の瞳に合わせて、シャッターをきる。

「光?何してんの?オーロラは?」

 静流が驚きと照れが混じった表情のまま私を見つめてくる。

「決めた。静流と一緒に死にたい」
「え、今?今決めたの?」
「うん、だめ?」
「いや、グッドタイミングです」

 オーロラの下であればもれなく全部グッドタイミング。静流のはにかむような笑顔がすべてを証明している。

「じゃあ、あと1週間よろしくな」

 私は小さく頷いた。