余命半年のきみに、僕は恋をした。


 この人誰なんて思いながら困ってたかな。

 あー、そうだったらショックだなぁ……

「牧野くん?」

 いやいや、そもそも知ってるはずないよね。僕、目立たないし。ていうか、みんなに認知すらされてないし、入学してしゃべったのなんて入学式のあとの自己紹介くらい。

「まーきーのーくんっ!」

 突然、盛大な声が目の前から聞こえてきてハッとした僕は、「ぅわっ!」声を張り上げて顔を上げた。

 すると、そこにいたのは……

「みみみみ、水戸さん……?!」

 人気者の彼女だった。

「やっと気づいてくれたね。三回も呼んだんだよ」

 えっ……三回? 僕のことを呼んでた? ……全然気づかなかった。考え事してたからかな。
 
「ご、ごめん……」

 とりあえず謝っておこう。

「ううん、大丈夫」

 今日も相変わらず笑顔の水戸さんを見て、心がほっこりする。が、突き刺すような視線が四方八方から向けられて居心地が悪い。

 一ミリも顔を動かせない。周りの視線が怖すぎる。誰とも目を合わせたくない。

 こそこそと聞こえる僕に対する嫌味的な言葉。〝なんであいつが〟〝牧野のくせして〟過敏になる耳は、器用にその数々の言葉を拾い上げる。

「そ、それより、僕に……用ですか」

 僕から声をかけたわけじゃないのに僕が責められるような雰囲気に、なんて理不尽な世界なんだとうんざりする。

「うん、ちょっと昨日のことで」

 控えめに声を落としたあと、照れくさそうに微笑んで、

「今、少しだけ時間あるかなぁ」

 〝昨日〟のことで急速に手繰り寄せられる記憶は、ひとつしかなくて。

 知らないとシラを切ることができなかった僕は。

「は、はい……」

 二つ返事で返した。

 それから移動してやって来たのは、校舎裏だった。

「いきなり呼びつけてごめんね」

 まるで告白前のワンシーンのような言葉が飛び交って、動揺した僕は。

「い、いや、べつに……」

 急速に口の中が乾いていく。そんな僕の鼓動はどきどきと全力疾走。

 なぜならば、この学校は校舎裏が告白スポットだともっぱらの噂だ。

 もちろん僕に限ってそんなことあるはずはない。それなのに、少しばかり期待している自分がいるのは、自意識過剰なのだろうか。

「えっとね、あのね」

 そんな僕をよそに水戸さんは、目の前で少しだけ恥ずかしそうにもじもじするから、さらに僕の頭の中には〝告白〟のニ文字が浮かぶ。

「牧野くんを呼んだのは、ほかでもない昨日のことなんだけど」

 けれど、そんな期待も虚しく彼女の口から現れた言葉はそれだった。

「え、あっ……」

 その瞬間、勘違いだったと恥ずかしくなって頭の中の告白の文字を打ち消した。

「それでね、昨日のことなんだけど、誰にも言わないでほしいんだ」

 僕から少し目を逸らし、恥ずかしそうに指遊びをしながら。

「高校生にもなって泣いてたってみんなに知られちゃったら、恥ずかしいから」

 黙っていた僕に、さらに言葉を続けた水戸さん。

「……そ、それは構わないけど」

 彼女がそんなふうに思うなんて少し意外だ。

「ほんと? よかったぁ。ありがとう牧野くん」

 安堵したように微笑んだ、水戸さん。

 そんな彼女が今、僕の名前を呼んだ。今だけじゃない。さっきだって、教室で呼ばれた。

「……僕の名前、知ってるんだ」

 知らないかと思ってたのに。

「知ってるもなにも牧野くん、クラスメイトだもん。牧野日和くん、でしょ?」

 ──なんだこれ。水戸さんに、僕の名前を。しかもフルネームで覚えてもらえていたことがこんなに嬉しいのか、胸が熱くなる。

「牧野くん、休み時間によく本読んでるよね。難しそうな本。私の斜め後ろの席だから、知ってるよ」

 僕が困惑して固まっていると、会話はさらさらと流れてゆく。まるで川の水のようにあとからどんどん押し寄せる。
 
「え、ああ……よく知ってるね」

 ──知っててもらえるってこんなに嬉しいものなのか。

「私、人のこと覚えるの得意なの。たとえ小さなことでも覚えていたらそこからキッカケになって仲良くなれるかもだし」

 じゃあ僕の名前を知っていたのも納得だ。

「そ、そっか……」

 照れくさくなって、そっぽを向いた。

 近くで見る水戸さんは、すごく可愛くて、笑うと少し幼くなる目尻とか、明るさとか、頭に鮮明に焼きつく。

 泣いていた昨日の顔とは、まるで別人。

「あの、さ……」

 聞いてもいいのか分からなかった。

 けれど、あんなに人目も気にせずに泣いていた水戸さんが何を抱えているのか。

「昨日はどうして泣いてたの?」

 いつも陽だまりのように明るい水戸さんが、ひとりであんな場所で、泣いていたのか。

 涙を流す理由を知れたら、もしかしたら力になれるかもしれない、と。そんな小さな期待をしていたのかもしれない。

「あー……それは……」

 けれど、ピクリと動揺した水戸さん。

 その笑顔は、笑顔が引き攣ったような表情で。

 言いにくそうに「えっと、あの」と視線を左右に移動させるから。聞かなかった方がよかったのかなと不安になった僕は。

「ごめん、言いにくいなら……」

 パッと目を逸らして、話を打ち切ろうと思った。

 すると、

「飼ってたわんちゃん……が亡くなったの」

 小さな声に、弱々しくなる水戸さんの声が聞こえてきた。

「ずっと一緒だったから……思い出しちゃったら悲しくなっちゃって。高校生にもなって泣いちゃうなんて恥ずかしいね……」

 ──ずっと一緒だった犬。それはもはや家族同然だよな。そうだったんだ。そんなことがあったなんて、知らずに聞いて。

「ご、ごめん」

 身勝手な知りたい欲が先走り、悲しいことを思い出させてしまった。

「う、ううん、大丈夫」

 気を使わせてしまった。

 僕は、なんて最低なんだろう。

 それから水戸さんと別れて、彼女より先に教室に戻ると、複数名に囲まれた。

 目の前に並ぶ顔ぶれは、いつも水戸さんと親しげに話す男女数名。そして『何を話した』のか尋ねられた。けれど、水戸さんは誰にも言わないでと僕に口止めをした。その約束を僕は破るつもりはなくて、何もないの一点張りで逃げ切ったのだった。

 ◇

 水戸さんに教室で声をかけられて以来、僕の周りではおかしなことが続いた。

「なぁ、この前はほんとになにもなかったわけ?」

 ある日の休み時間。目の前には、釘崎くんがいた。釘崎飛鳥(くぎさきあすか)くん。いつも水戸さんと話している男子だ。

 〝この前〟とはおそらく水戸さんに呼び出されたあれのこと。そのことに関しては、僕は何もないと答えたはずなのに、それでもたびたび聞いてくるってことはまだ納得してないのかな。

「何度も言うようだけど、ほんとに、なにもなかったから」

 あと何度、このやりとりを繰り返せば釘崎くんは納得してくれるのだろうと想像するだけで、深いため息が漏れそうになる。

「でも少しくらい話したんだろ?」
「それは、そうだけど……」
「じゃあなんの話してたんだよ」

 ……何の話って言えるわけない。

 つい最近まで、僕のことを透明人間扱いしていたくせに水戸さんが関わると、手のひら変えたように馴れ馴れしくなる。

「……ただ、ちょっと無くし物を探すの手伝ってただけ」

 咄嗟についた嘘に、「無くし物?」きょとんとした釘崎くんは、わずかに眉間にしわを寄せる。

 ──なんで俺たちじゃなくて、こいつに水戸さんが頼むんだよ。

 おそらく、そう思っているのだろう。

「あのとき僕がゴミ捨て当番だったからじゃない、かな」

 自分が思っていた言葉を読まれたのがそれほど驚いたのか、「は? なん、で……」分かりやすく動揺する釘崎くん。

「とにかく釘崎くんが考えてるような、ことは一切ないから」

 無くし物を探した事実はないけれど、こうでも言わなきゃきっと釘崎くんは納得してくれないはずだ。

「ふーん、そっか。それならいいけど」

 ようやく納得したのか釘崎くんは圧を少しだけ弱めた。

 水戸さんのことになるとここまで態度が変わるとすれば、答えはひとつしかない。

 ゴクリ、と固唾を飲んだ僕は、

「……もしかして、水戸さんのこと……好きなの?」

 恐る恐る尋ねてみれば、「は?」ぽかんと固まった釘崎くん。

 あれ、間違いだったのかな、そう思っていた矢先、カアッと顔を真っ赤にさせて。

「なっ、なに、言ってるんだよ……べ、べつに、そういうわけじゃねーし……!」

 あからさまに動揺するから、その言葉には何の威力も感じられなかった。

 ──ああやっぱり。

 そう思うと、口元が緩み思わず笑ってしまいそうだった僕に、

「なっ、なんだよ」
「べつになにも……」
「なら笑うなよ! 嘘じゃねーからな! ほんとになんでもねーから!」
「……いや、僕なにも言ってないけど」

 責められてる気分がするのは、納得いかない。

「とととと、とにかく水戸さんには絶対に言うんじゃねーぞ!」

 ビシッと指を突きつけて、顔を真っ赤にさせて激怒した釘崎くん。

「は、はあ……」

 仕方なく僕は、頷いた。

 釘崎くんは、それだけ言って逃げていった。

 なんだったんだ、今の。ていうか最近、ずっとこんなことばかりだ。今までは僕のこと誰も見てなかったのに、水戸さんが関わった途端僕に声をかけるなんて。

「ねぇねぇ、小春ちゃんは?」

 おもむろに聞こえた声に顔を向けると、水戸さんといつも一緒にいる女の子たちが数名そこにはいた。

「さぁ、それが私も分からなくて」

 僕は、それに耳を傾ける。

「多分、飲み物買いに行ったとかじゃない?」
「そうなのかなぁ。最近、すぐいなくなるからどーしたんだろう」
「うんうん、今までは一緒に買いに行ってたのに」

 ……水戸さんがいない? しかも最近になってから?

「どうしちゃったんだろう。それともどこか体調でも悪かったのかな」
「うーん、でもそんな様子なかったし」
「だよねぇ。小春ちゃん、いつも元気だし」
「でも、体育はいつも見学だよね」
「うん。あ、それは喘息持ちだからって言ってた。でもほんとはすごく走りたいんだって」

 ……喘息持ち? それは知らなかった。

 でも、なるほど。だから体育は見学だったのか。

「なぁなぁ、水戸さんは?」
「知らない。私たちも探してるんだけど、みんな知らないって」

 水戸さんが見つからないなんて不思議な話だ。校内は広くても、どこかしらに必ずいるはずなのに。

「うーん、どこ行ったんだろ」

 それとも、あえて見つからないような場所を選んでいる?

 〝──お願い、誰にも言わないで〟

 頭の中に浮かんだ、水戸さんの声。

 な、なんで僕は今そんなこと思い出して……

 まるでそれが、なにかの暗示のようで。

 ……もしかしてまた一人でどこかで泣いてる?

 胸がざわざわして、落ち着かない。

 居ても立っても居られなくなった僕は、開きっぱなしの本を閉じて席を立った。

 それから図書室、体育館の裏、理科室、家庭科室、音楽室、ありとあらゆる場所を探してみた。けれど、水戸さんの姿はどこにもない。

 おかしいな。全部見たはずなのに……水戸さんは、かくれんぼが上手なのか?

「いや、そんなわけないよな」

 僕はなにを考えているんだ。

 一旦冷静になって考えてみよう。

 校舎の壁に手をついて、ふう、と息を吐く。

「ゴホッゴホッ……」

 すると静寂な空気を打ち破るように聞こえてきた、咳き込むような声。

 それは、向こう側からやってきた。

「校舎の裏に誰かいる……?」

 息を飲んで足を進めた。そうしたら、校舎裏の大きな木のそばに隠れるようにしていたのは。

「……水戸さん?」

 やっぱり、彼女だった。

 けれど、少し様子がおかしくて。

「あのっ、水戸さん……」

 どうしたんだろう。心配になって駆け寄った。

「……牧野、くん……」

 木の幹に背を預けながら僕を見上げる彼女の顔は、青ざめているようだった。

「ど、どうしたの……?」

 今日は、寒くない。むしろ少し蒸し暑いほどで。それなのにこんな中、青ざめるなんて。体調が悪いとしか思えない。

「大丈夫?! いやっ、大丈夫じゃないよな……誰か……せ、先生呼んで、く──」

 慌てた僕は、立ち上がろうと思ったが、彼女の手が僕を引き止めた。

「やめて……誰も、呼ばないで」

 そうして彼女の口から現れたのは、とてもとても弱々しい声だった。

 そして、触れられた手首に残る冷たい感触。

「……水戸さん」

 僕は、思わず息を飲んだ。

 こんな暑い日に彼女の体温はすごく冷たくて。

「ちょっと喘息が出ちゃっただけだから……」

 〝小春ちゃん、いつも体育だけは見学だよね。喘息持ちだからって言ってたよ〟

 急速に手繰り寄せられた、さきほどまでの会話。

 これがただの喘息なら、の話だ。

「で、でも……」

 これは、見るからに緊急事態のようで。

 それなのに彼女は、

「ほんとに、大丈夫だから……」

 なんとしても僕を行かせないように引き止める弱々しい手のひらで、僕を掴む。

「……お願い、牧野くん」

 苦しそうに顔を歪めているのに。

 引き止められる手を振り切ってでも助けを呼ばなきゃいけないのに。

 そこまで懇願されると、動けなくなる。

「……分かった、行かないから」

 気がつけば僕は、そんな返事をしていた。

 それを聞いた水戸さんは、苦しそうにしながらも安堵したように、僕の手首を掴んでいた手を解いた。

「ごめんね、牧野くん」

 どうして彼女が謝るんだろう。

 謝られることはしていない。

 けれど、疑問がひとつ湧いた。

「……あのさ」

 聞かない方がいいのかもしれない。

 けれど、これを何もなかったみたいにすることは不可能で。

「水戸さん、僕に何か隠してない?」

 そう尋ねると、「え」と一瞬だけ動揺した水戸さん。その様子を僕は見逃さなかった。

「喘息って言ってたけど、胸……心臓を押さえてるように見えたし、それに苦しみ方が普通じゃなかったっていうか……」

 僕は、さっき見た一部始終を説明してゆく。

 中学時代、クラスに喘息持ちの人がいた。走ると苦しくなって息がヒューヒュー鳴るのを聞いたことがある。けれど、水戸さんの苦しみ方はそれとは並外れているようだった。

「それに水戸さんの手が、すごく冷たくて、顔も、すごく青ざめているから」

 触れられた手は、ひやりとしていた。

 冷え性であってもそんなにはならない。

 もしかしたら彼女は、僕に、嘘をついているのかもしれないと思った。

 けれど、なぜ彼女が僕に嘘をつく必要があるんだろう。

 水戸さんは、小さくフッと口元を緩めると、

「……牧野くんに、嘘はつけないなぁ」

 観念したように肩をすくめて、苦しそうに笑った。

 そうして、

「私ね……病気なの」

 予想外の言葉が彼女の口から現れて、え、と今度は僕が驚くはめになる。

「びょう、き……」
「うん。病気で、あまり長くは生きられないの」

 そして続け様に告げられた言葉にさらに驚いて、開いた口が塞がらない。

 ……病気で長くは生きられない?

 あんなに元気で明るくて、そんなふうに感じさせない水戸さんが?

「……嘘、だよね」

 動揺した僕の息のリズムは乱れる。

「ごめんね、これは嘘じゃないんだ」

 水戸さんは、それを肯定した。

「……じゃあ、喘息ってのは……」
「うん、病気を隠すための嘘なの」

 体育を休むのは、それだけ体調がよくないから。けれど、病気を知られたくなかった彼女は、それを喘息だと言っていたらしい。

「みんなにもひどいことしてると思う。でも、言えないの」

 みんなは、それを信じている。

 僕は、どうなんだろう。

 水戸さんの言葉が、まだ信じられない。

「病気でもうあまり長くはないってこと知られるのが怖いの……」

 震える声で紡がれるそれは、現実なのか。

「……長くないって」

 それとも夢なのか、曖昧になりそうになる。

 ザァっと吹きつけた風が、木々を揺らし、気持ちよさそうに宙を舞う葉っぱが、スローモーションのように見えて。

「──私の余命は、もって半年なんだって」

 僕は、頭を何かで殴られたような衝撃が走った気がした。

「え、ちょ……」

 待って、待ってくれ。

 病気であまり長くは生きられなくて……それがあと半年?

 突然すぎる言葉に、理解が追いつかなくなる。

「驚かせてごめんね。でも、牧野くんにはなんだかバレちゃいそうで……これ以上は隠せそうになかった」

 木に背もたれて、苦しそうに笑顔を浮かべる水戸さんは、いつも見ている表情とは別人で。

「ほんとに、ごめんね……」

 いつも明るくて優しくて、みんなを照らす陽だまりのような水戸さん。彼女の周りにはたくさんの人が溢れかえって、僕はそんなきみの笑顔を見ているとホッとしてしまう。

 自分なんかが恐れ多いと思って声をかけられなかったのに、彼女はなんの躊躇いもなく僕に声をかけてくれた。

 人目も気にせずに。

 けれど、この現実は簡単に受け入れられそうになくて。

 水戸さんに何も言えずにいると、

「おーい、小春ちゃーん」

 おもむろに声が聞こえる。

 木の影から覗き込むと、そこにいたのはクラスメイトだった。

 おそらく水戸さんを探しているのだろう。

「……みんな、私のこと探してるんだ」

 それに気がついた水戸さん。

 立ち上がろうとするから、

「なっ、何してるの……!」

 小声で彼女を静止する。

「みんなの、ところに、戻るの」
「だ、だからってその身体じゃ……」
「このまま隠れてたらみんな心配しちゃう。それに病気のことも気づかれるかもしれない」

 水戸さんの瞳は、怯えているみたいだった。

 〝病気〟を知られることが彼女は、一番嫌みたいだ。

「で、でも……」

 その身体じゃとてもじゃないけれど。

「大丈夫……私、まだちゃんと生きてるから」

 僕ではなく。

 まるで自分に言い聞かせるような言葉を呟いたあと、

「それに、さっきよりは……大丈夫だから」

 木についていた手を胸の前に移動させると、ぎゅっと握りしめて。それから息を整えると、グッと唇に力を入れて。

「みんな、ごめん! 私……うとうとしちゃってたみたい」

 いつものような笑顔と、明るさを浮かべてみんなの元へ向かった。

 そうしたら、水戸さんに気づいたクラスメイトは、「もーっ、小春ちゃん探しちゃったじゃん」「ほんとだよ、もう!」みんな笑顔になって彼女を取り囲む。

 数秒前の彼女とは、対照的で。

「水戸さん……」

 僕は、たまらなく苦しくなった。

 それと同時に、苦しいのに無理して笑う水戸さんの後ろ姿は、とても強くたくましく見えたんだ──。

 ◇

 水戸さんに〝余命半年〟だと聞かされてから、どうすることもできずに時間だけが過ぎて行った。

 僕は、まだ半信半疑な部分もあった。

 いきなりそんなことを言われても理解できなかったからだ。が、あの日の水戸さんを見たら、あれが嘘だとはどうも思えなくて。やっぱり事実かもしれない……という答えにたどりつく。

「ねぇねぇ、小春ちゃん!」

 今日も水戸さんの周りには、たくさんの人だかりができていた。

 けれど、誰一人、病気であることは知らない。

 それを知っているのは、僕だけだ。

 僕だけが知っている。

 病気が、事実なのかは分からない。

 ──牧野くん。

 ふいに、誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。
 その瞬間、真っ直ぐ僕を見ていた彼女の視線とぶつかって。

 どきっと胸が音をたてる。

「小春ちゃーん、どこ見てるのー?」

 慌てて、パッと視線を外す僕。

「んーん、なんでもなーい」

 弾んだような声が聞こえてくる。

 恐る恐る顔をあげると、僕から視線を戻して笑顔を浮かべながら友達と話していた。

 まるで病気など患っていないような、彼女の振る舞いに。胸がぎゅっと締め付けられる。

 僕だけが、彼女の苦しみを理解してあげられる。

 ──そのはずなのに、僕は何もしてあげられない。

 あのとき、水戸さんの弱々しくて、けれど力強い背中はたくましく見えた。

 〝支えてあげたい〟

 あの姿を思い浮かべると、僕は何かしてあげたいと思った。

 余命宣告された彼女に、なんて言葉をかけてあげられるのだろうか。気遣ってあげられるだろうか。

 何もできないかもしれない。

 けれど、何もなかったままにできない。

 知らなかった自分に戻ることは不可能で。

 だから、何かできることないか考えよう。

 少しでも、彼女の苦しみを和らげられるような。


 ***


 放課後、僕はまたコンビニへ行くと嘘をついて家を出た。行き先はもちろんあの公園。

 そこに水戸さんがいるとは限らない。

 けれど、学校で声をかけられない以上、校外で話せる場所はここしかなくて。

 恐る恐る公園の中を覗くと、

「──あっ」

 そこには、水戸さんの姿があった。

 あのときのような泣き顔ではなく。

「やっほ、牧野くん」

 いつものように明るくて眩しい笑顔だった。

 その姿を見て、ホッとする僕は、その場で立ち止まった。

 ……今日は泣いてない。よかった。

「牧野くん? 立ち止まってどうしたの?」
「あ、いや、べつに……」

 彼女のそばまで歩いて、少し距離を空けてベンチに腰掛けた。