「え、あっ……」

 その瞬間、勘違いだったと恥ずかしくなって頭の中の告白の文字を打ち消した。

「それでね、昨日のことなんだけど、誰にも言わないでほしいんだ」

 僕から少し目を逸らし、恥ずかしそうに指遊びをしながら。

「高校生にもなって泣いてたってみんなに知られちゃったら、恥ずかしいから」

 黙っていた僕に、さらに言葉を続けた水戸さん。

「……そ、それは構わないけど」

 彼女がそんなふうに思うなんて少し意外だ。

「ほんと? よかったぁ。ありがとう牧野くん」

 安堵したように微笑んだ、水戸さん。

 そんな彼女が今、僕の名前を呼んだ。今だけじゃない。さっきだって、教室で呼ばれた。

「……僕の名前、知ってるんだ」

 知らないかと思ってたのに。

「知ってるもなにも牧野くん、クラスメイトだもん。牧野日和くん、でしょ?」

 ──なんだこれ。水戸さんに、僕の名前を。しかもフルネームで覚えてもらえていたことがこんなに嬉しいのか、胸が熱くなる。

「牧野くん、休み時間によく本読んでるよね。難しそうな本。私の斜め後ろの席だから、知ってるよ」

 僕が困惑して固まっていると、会話はさらさらと流れてゆく。まるで川の水のようにあとからどんどん押し寄せる。
 
「え、ああ……よく知ってるね」

 ──知っててもらえるってこんなに嬉しいものなのか。

「私、人のこと覚えるの得意なの。たとえ小さなことでも覚えていたらそこからキッカケになって仲良くなれるかもだし」

 じゃあ僕の名前を知っていたのも納得だ。

「そ、そっか……」

 照れくさくなって、そっぽを向いた。

 近くで見る水戸さんは、すごく可愛くて、笑うと少し幼くなる目尻とか、明るさとか、頭に鮮明に焼きつく。

 泣いていた昨日の顔とは、まるで別人。

「あの、さ……」

 聞いてもいいのか分からなかった。

 けれど、あんなに人目も気にせずに泣いていた水戸さんが何を抱えているのか。